「夜想曲集」 カズオ・イシグロ 短編

「夜想曲集」 は、カズオ・イシグロの初短編集である。私は昨年の秋頃にはじめて読み、全作品について解説(感想)を書き、このブログにアップした。読後の率直な印象は、イメージよりもずっとポップでユーモラスであり、口当たりが好くて読み疲れないというものだった。物語の展開に力強さがあり、親しみやすいの中にもトルクの太さを感じたりもした。「夜想曲集」という落ち着いた上品なタイトルもあって、割と構えて読み始めただけに、ギャップの大きさに驚かされたのを覚えている。

で、今になって何故この短編集について記事を書いているのかというと・・・

再読への欲求がハンパない!のである。世の中には、読後すぐに忘れてしまい、まったく思い出すことのない小説もある。(実際、ほとんどがそうで、本を閉じた瞬間にストーリーも登場人物もセリフもすべて霧散してしまう) しかし、カズオ・イシグロの短編は違っていた。どの作品も鮮明に頭に残り、不思議なことに何度も映像として頭の中でリピート再生される。そして、そのたびに文庫本の在り処を探していた。

何故なのだろう?

これまで、渇望に近いレベルの再読欲を掻き立てる作品はあまりいなかった。コーマック・マッカーシーやフラナリー・オコナーの激烈な文体にやられることはあったが、カズオ・イシグロ作品のように繰り返し思い出したり、細部まで覚えているのに再読したくなるようなことはなかった。料理と同じで、私の好みに合っていたということかもしれないが、なんとも不思議な魅力を備えた短編集である。

クルマに例えるなら、プジョーという気がする。メルセデスやアウディやレクサスのような派手さはなく、VWやフィアットのような控えめなオシャレさがあるわけでもない。ボルボのような男臭さもない。見るほどに触れるほどに愛着の湧いてくるプジョーのような味わい深さを持っているのだ。(クルマに例えたせいで、返って不明瞭になってしまった。。。)

「夜想曲集」という厳かなタイトルに惑わされることなく、未読の方には是非とも手に取っていただきたい一冊だ。

夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)

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