3つのエピソードで構成される、ちょっと奇妙な短編だ。いずれのエピソードも駅のカフェで汽車を待つ男の話。急行が1時間ほど遅れるため、時間潰しに話し相手を見つける、ただそのスケッチなのだが、最初の話は計算尽くでウェイトレスにセクハラを愉しむ男。二つ目はポーターたちにシャンペンを奢り、離婚の話をする男。最後は、老人に声を掛けられ、地理学協会にまつわる会話をする男。三話ともに舞台はほぼ同じ、導入もほぼ同じで、話し相手だけが異なっている。著者には珍しい実験的短編のようにも思えるが、狙いはよくわからない。著者の遊び心で書いたのか、それとも三者を対比させて何かを伝えようとしているのか。原題は「Homage of Switzerland」で、邦題は「賛歌」としているが、homageは「敬意」の意味。好意をもってスイスの国民性を描いたのか、おしゃべり好きと言われるスイス人を皮肉っているのか、私の読解力ではわからなかった。
実験の狙いはさておき、ゆったりと心地好い読書の時間を愉しめた。高見浩氏の訳が素晴らしいこともあるが、本当に心地好い。空気が新鮮で、照明がやわらかくて、どのエピソードも大して面白くはないのだが(というかどれもネガティブ)、それを気にならない大人のゆとりがある。改行が多いからかな。そこか?と思うかもしれないが、改行が少ないと紙面に圧迫感が出て、気が滅入ったりする。紙面に占める情報量は少ない方が好みだ。
このところ、ヘミングウェイ作品を読んでいなかったので、ホームに戻ってきたような安堵感を覚えた。ヘミングウェイと高見浩という奇跡のコラボに浸る午後。とても疲れていたので、一服の清涼剤に思えた。