原題は「Will You Please Be Quiet, Please?」(今気づいたけどpleaseが2個入っているのね)
1966年に発表されたかなり初期の短編ではあるが、若書きの荒削りさはどこにもなく、もう感嘆するしかない素晴らしい名篇だ。
これを20代で書いたとは、大袈裟ではなく信じられないというのが率直な感想だ。
何ひとつ不満のない理想的な家庭を築いているが、ある晩の会話の中で妻の不貞を知ってしまい、激昂して家を飛び出す夫。夜の街で泥酔し、カードゲームで持ち金を失い、暗い通りで黒人に殴られる。ずたぼろになって帰宅すると…
というやさぐれた話。
「俺に触るな!向こうに行け!」と彼は怒鳴った。彼は絶叫していた。
彼女の息は恐怖のために喘ぎはじめていた。彼女は彼の行手を遮ろうとした。しかし彼は妻の肩をつかんで横に突き飛ばした。
「許してちょうだい、ラルフ!ラルフ、お願いよ!」と彼女は叫んだ。
夫は怒り狂い、制止を振り切り出ていく。
しかし、同時にこの夫は妻の淫らな行為を想像し、性的な魅力に抗えずに欲情している。この夫が異常なのではなく、男はそういう情けない生き物なのだ。読者は夫に同化し、これはけっして他人事ではないという気にさせられる。
明け方、夫は打ちのめされた状態で妻と子どもたちのいる家へと戻る。この短編の凄みは、この男が他に行く場所が無いという現実を描いていることだと思う。それだけでなく、妻とどう向き合ったら良いのかもわからない。家に戻ってすぐ、バスルームに鍵を掛けて閉じこもってしまう。不貞をしたのは妻なのに、まるで夫の方が逃げているかのようだ。ショッキングな事実を目の前にした時の無力さ、心の弱さが露呈し、波に巻き込まれるようにどこかへ連れて去られてしまう。
それにしても、こうした絶望的な話を面白く書けるのだから、才能と技術が桁違いに凄い。面白いって言ってもただ面白いのでなく、めちゃくちゃ面白い。さすがは出世作。このクオリティなら、世の中は絶対に放っておかないと思う。