正式な題名は「飛行機 ーあるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか」。初出は1987年のビジュアル雑誌「NADIR」(ナディール)秋号で、その年の日本ではファミコンが売れまくり、エイズ・パニックが広がり、江川卓が現役を引退している。
彼女は27歳の既婚者。オペラ好きの夫は旅行会社に勤め、海外出張で月の半分を留守にする。夫婦関係にこれといった問題はなく、子供のことも愛している。それなのに、彼女は7つ年下の彼と浮気を続けている。彼女は彼の前でよく泣く。彼は、無意識に詩を読むようにひとりごとを言う。彼女は「飛行機についてのひとりごと」を紙に書き、それを彼が読み上げる。また彼女は泣く。一日に二度泣くのを見たのは、その時がはじめてだった。
メランコリックな短編だ。居心地の良い静かな部屋で、小さな声で長い時間すすり泣く年上の人妻。
このムードが好きという人もいるようだが、私は気が滅入った。
とくに夫に対する不満があるわけでなく、子育てのストレスを抱えているわけでもないが、彼女の孤独や抑圧された気持ちが全編を覆っている。
これは私の感想だが、ひとりごとは彼女のイマジネーションで、実際に彼の口から出たものではない気がした。夫も子供も、そして彼も、ここではないどこか別の場所で生きている。私だけが、この静止した場所に独りでいる。
読書中、息が詰まって部屋から飛び出してしまいたい衝動にかられた。とりあえず窓を全開にして風を入れた。この短編が持っている静かな暗さは、個人的にあまり得意ではない。クオリティは高いとは思うが、今の気分としては元気や活力をくれる小説を読みたい。