「何もかもが彼にくっついていた」 レイモンド・カーヴァー

原題はEverything Stuck To Him。stickではなくstuckと過去形である。読後にわかるが、そこがなんともせつない。

「何もかもが彼にくっついていた」は、父親が娘を相手に昔話をするという話だ。

10代で結婚し、すぐに子どもが生まれる。若い二人は、激しく喧嘩したり、涙が出るまで笑い合ったりしながら懸命に暮らしていた。しかし、時の流れの中でいつの間にか家庭は失われていった。

「どうしてそうなったのかはわからないが、とにかく気づいたときには変わってしまっている。意志とは無関係にね」

辛いねぇ。

著者のレイモンド・カーヴァーは高校卒業後、マリアン・バーグという16歳の少女と結婚している。その時、マリアンは身籠っていた。翌年には二人目の子が生まれ、カーヴァーは生活のためにさまざまな仕事に就いた。マリアンも子育てをしながら懸命に働いた。生真面目に、そして誠実に生きていたが、一向に生活苦から抜け出せすことができず、どうにもならなくなり破産宣告を受けている。

こうした若き日の喘ぎが「何もかもが彼にくっついていた」からは伝わってきて、苦しくなる。繰り返しになるが、「どうしてそうなったのかはわからないが、とにかく気づいたときには変わってしまっている。意志とは無関係にね」という一文はあまりに遣る瀬ない。

この短編は三人称で描かれていて、若き日の「父親」と「母親」を「少年」と「少女」と呼んでいる。その遠くを見るような静かな目線もまたせつない。実体験からくる重みを持ったとても良い短編だと思う。

愛について語るときに我々の語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)


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