『憎悪の依頼』 松本 清張

松本清張のマニアは少なくない。私も清張の短編を貪るように読み漁っていた時期がある。当時は硬質な文体に傾倒しており、そこに着想の豊かさが加わった短編群はとても魅力的に思えた。理由はよくわからないが、急に冷めてしまい、まったく手に取ることがなくなった。

ということで、久しぶりの清張。

『憎悪の依頼』がどのような話かというと

何度デートを重ねても手ひとつ繋がせてくれない女性に対して、男は馬鹿にされているのかと憎悪の感情を抱きはじめる。そして、ある復讐の企みを思いつく。男は友人に金銭を払い、彼女を誘惑するよう依頼する。目論見通り、女性と友人はとんとん拍子に親密になるが…

かなり暗い話ではあるが、プロットは流石に練られているし、独特の男性的な文体は昭和の犯罪小説によくフィットしている。

ところが、読書中に何度も物足りなさを覚えた。

何が物足りないのか。

これはあくまで私にとってということだが、著者の信条が感じられない気がした。娯楽小説なのだから面白ければいいだろとツッコミが入りそうだが、今の私はどうしてもそこが気になってしまう。ジョン・グリシャムを読むと、明らかに世の中に蔓延る不正に怒っているし、権威に牙を剥いている。私がそれほど若くなくなったせいもあるが、面白いよりも大切なことがあると思ってしまった。

ファンのブーイングが聞こえてきそうだが、これが今の私の正直な感想だから仕方ない。

愛読者の多い作家に対して否定的な記事を書くのは勇気が要る。敵を作ってしまったり、読み手を不快にさせてしまうことがある。でも、そこで日和ったらこのブログはお終いなので、今回も思うままを書いた。

面白いより大切なことがある。かっこいいより大切なことがある。賢いより大切なことがある。書いていて恥ずかしくなってきたが、そういうことでちゅ。(なんで赤ちゃん言葉?)

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