『襲撃』 ジョン・スタインベック

『襲撃』(原題:The Raid)は、1934年に発表された世界恐慌下のアメリカを舞台にした短編。書かれてからすでに一世紀近く経っている。1934年、日本では大日本東京野球倶楽部(のちの読売巨人軍ね)が誕生。渋谷駅前の忠犬ハチ公の銅像が完成した年でもある。

しっかり見たことなかったけど、忠犬ハチ公ってこういう顔だったのね

スタインベックに対し、未読の方は「重厚な物語を書く気難しい文豪」というイメージを持っているかもしれない。でも実際はその逆で、平易で親しみやすく、瑞々しく映像的で、堅苦しさなどまったくない。その証拠と言えるかわからないが、ホラーの帝王であるスティーヴン・キングはスタインベックの大ファンである。人生で最も影響を受けた本は『怒りの葡萄』であり、『ザ・スタンド』『ミスト』『グリーンマイル』『スタンド・バイ・ミー』などの代表作にも影響は色濃く出ている。

この『襲撃』という短編も一気に読ませる牽引力とエネルギッシュな生命感に充ちている。共産党の運動家である年長のディックとルートという若者が追い詰められていく様が骨太に描かれている。二人は集会を開こうと企てたものの、怖気づいて誰ひとりやって来ない。ルートは共産党の活動に参加するのが初めてで、オドオドして落ち着きがない。ディックはその様子を見てイライラしている。いつまで待っても誰ひとり参加する者はいない。それどころか反対派の連中が乱入してきて二人は袋叩きにされてしまう。印象深いは、襲撃を受けたルートが毅然とした態度に変わる場面だ。暴徒化した集団に対し、尊厳をもって立ち向かう。その姿には胸を打つものがあり、忘れていた何かを思い出させてくれる。

『襲撃』を読むと、スタインベックが共産党に寄り添っているよう思えるが、実際は共産主義のイデオロギーには染まってはいなかった。赤というレッテルを貼られ、FBIの監視対象にまでなっていたが、リベラルな民主党支持者であった。寄り添うどころか、「人間を道具として扱う共産党の冷酷さ」を嫌っていたという。民主党の大統領であるジョン・F・ケネディとも仲が良かった。特定のイデオロギーに傾倒せず、虐げられている人々をありのままに描く姿勢をこの短編でも貫いたのだろう。ビビりまくっていた若者が凄惨な暴力を受けて精神的に覚醒する、そうした「信念の凄み」を描きたかったのかもしれない。

読みながら何度も思ったことだが、この短編の文体はかなりヘミングウェイに似ている。それもそのはず、大ファンで短編を愛読していたそうだ。熱烈なラブレターまで送っているが、ヘミングウェイはそれを意地悪く無視しつづけた。『怒りの葡萄』に関しても、「あのラストシーンを読んで以来、二度とスタインベックを読む気にならないね。あんなものが経済の救済になるわけがない」と辛辣なコメントを残している。スタインベックは、「的外れだが面白いね」と寛容に受けとめていたという。

2人はニューヨークのバー「ティム・コステロズ」で一度だけ偶然会っている。ヘミングウェイは我がもの顔でその場にいた別の作家の高級ステッキを奪い、自分の頭で真っ二つにへし折ったそうだ。目の当たりにしたスタインベックはその幼稚さと野蛮さに呆れ返り、「下劣な男だった」と何度も周囲に話していたという。

ヘミングウェイは妻を何人も取り替え、子どもたちを棄て、多くの人を傷つけながら世界中を奔放に飛びまわった。スタインベックは華やかな場を避け、息子たちと世界をまわり、愛犬とも旅をし、誰に対してもフラットに向き合おうとした。そうした作家の人間性を知ると、小説はまた違った表情を見せてくれる。作家と小説を切り離して考える、そういう器用なことは私はできそうもない。

TOP