スティーヴン・ミルハウザーはぐらりとするような不穏な魅惑と、濃厚な味わいで読者を虜にしてしまうタイプの作家だと思う。
訳者の柴田元幸氏はあとがきで、「ミルハウザーを好きになることは、吸血鬼に噛まれることに似ていて、いったんその魔法に感染してしまったら、健康を取り戻すことは不可能に近い」とまで書いている。
なんだか噛まれたくなってきたでしょ。
しかーし、である。とても残念なことに、私の前に吸血鬼は現れてくれなかった。ちょっと現れかけた気もするのだが、すぐにその姿を見失ってしまった。もともとホラー調の小説が苦手というのもあるが、陶酔できぬまま読書を終えた。。。
この「ナイフ投げ師」という短編は、世間の評価がかなり高い。 受賞歴でものを見るのは嫌いだが、情報として書いておくと1998年にO.ヘンリーを受賞している。
乱暴に要約すれば、ナイフ投げのショーを観て、魔法にかけられたように引き込まれていく中年男の話だ。こういったインドアのムーディな作品は読む環境を選ぶ。今回、私は何も考えずに昼間の明るい日差しの下で読んでしまった。(しかも周囲が賑やかだった) そのせいもあってか、まるで作品の世界に浸ることができなかった。深夜にひっそり読むべきだったと反省している。
ミルハウザーは奇想とか異色といった形容のされ方をする作家だが、話の設定は確かに独創的。「ナイフ投げ」という題材も、なんだか19世紀の古典を彷彿させる。著者は43年生まれなので、実際はそれほど古い作品ではない。
主人公の中年男性は、やや内向的な大人しいキャラクターで、それが作品自体にウェットな落ち着きを与えている。私にはフィットしなかったが、作品としての完成度は高いと感じた。著者の根強いファンが多いのもよくわかる。
でも、柴田元幸さんって、こういう一癖も二癖もある作家が好きなのかな。「こういう」ってどういうのだ?と訊かれると困るけど。。。