「ワールズ・エンド」 ポール・セロー

「ワールズ・エンド」はかなり暗い話ではあるのだが、語り口がとても軽妙で、飽きることなくさっと読めてしまう短編だ。雑味が無いためか、ポール・セローの書く文章は読んでいて疲れない。上質な酒ほど体への負担が少ないのに似ている。「ワールズ・エンド」は著者がまだ若い頃の作品だが、古さを感じることもない。長編は未読だが、器用で、センスが良くて、短編作家としてのとても才能がある人に思える。
そのポール・セローだが、1941年にアメリカのマサチューセッツで生まれた。ウィキペディアによると「1963年、良心的反戦主義者として平和部隊に入り、1960年代から1970年代にかけて東アフリカとシンガポールで英語を教える教員生活を送ったのち、作家として独立。小説、旅行記、エッセイ集など多くの作品を著す。」と紹介されている。多くの人にとっては旅行作家というイメージが強いだろう。「ワールズ・エンド」が収録された短編集も、ほぼすべて「異国の物語」で構成されている。

「ワールズ・エンド」(原題:World’s End)は、アメリカの家を引き払い、妻と小さな男の子を連れてイギリスのワールズ・エンド(ロンドンの一角)に移住した一家の話だ。正しい人生の選択をし、幸せな暮らしを実現したと信じ切っている夫だが、オランダ出張から戻ると、家はトンネルのような陰気さに満ちていた。そして、息子との会話を通して、一人の男の影を感じはじめる。一気に膨らむ疑念と不安。夫、妻、息子の関係は、「世界の果て」という奇妙な名の町で知らぬ間に損なわれていく。

絶望的な話だが、流れるような語りとミステリアスな展開にページをめくる手は止まらない。特に、心の距離を感じさせる妻の台詞のリアリティが凄い。作品全体が雨と霧に覆われたような重苦しいムードで、読者に元気をくれるタイプの小説ではない。そこには、レイモンド・カーヴァー作品にも通じる無力感がある。

読後感は悪いが、心に強く残る作品で考えさせられることも多い。中年男にとっては、ある意味でホラー作品と言えるかもしれない。

ワールズ・エンド(世界の果て) (村上春樹翻訳ライブラリー)

TOP