『インドの教え』は小説ではなく、1999年のEsquireに掲載されたEMPORIO ARMANI ILのオードトワレの広告文である。以前に『遠い夏に見つけた場所』というBOSSの広告文を紹介したが、今回も「香りとともに語られる10篇のエピソード」の一つを全文掲載しようと思う。広告文なので著作権はない、はず。。。

コピーライターになりたての頃、私はEsquire日本版を何冊もデスクに置き、スタイリッシュな文体を盗もうと必死にページを捲っていた。今回、『インドの教え』を読み返していて、当時の瑞々しいポジティブな気持ちが蘇ってきた。ちなみに1999年は、 ドコモのiモードのサービスが開始され、ソニーが子犬型ペットロボット「AIBO」を発売し、松坂大輔の「リベンジ」が流行語になった年だ。
それでは、短編小説のようなロマン系のコピーをご堪能ください。
『インドの教え』
国の玄関でこんなことするか?と思うのだが、するのだった、インドでは。空港内の銀行でいきなり両替の金をごまかされるわ、通常料金の30倍をふっかけてくるタクシーはいるわ、手に汗握って町中に出れば「ヘイ、ジャパニ」と両替しろだのチャイを飲めだのシルクを買えだの指輪を見ろだの絨毯買えだのボートに乗れだの、終始闘いながらの旅は心底疲れた。1度目も2度目も。悔しくて敵討ちのような気持ちで3度目のインドに出かける機内で出会ったのが、日本とインドを往復する貿易商・Mr.カマルだった。
「日本人はヤクザだって優しいです」と話す彼は、東京で15年前に受けた親切さえ忘れていない紳士である。だから、「インドに来る日本人には、うちに泊まってもらうことが多いんです。あなたもどうぞ」
犬も歩けば騙されるというインドでは、ボンヤリしていると連日まぬけな目にばかりあう。だが、ガードを固くしていると、その固さを恥じなければならぬような、美しい出来事に出会う。でも、そこでタガをゆるめるとやっぱり、手痛いことが起こる。うちに来いだなんて、騙されるのだろうか…。
騙されて元々、と数日後、彼の家を訪ねてみた。肉を食べず虫も殺さぬ家族がそこでは暮らしていて、私はのーのーと長逗留した。
ある日、彼が宝石とシルクを出してきた。とうとう、きたか。いくら?と私は思った。だが、彼は自分の仕事を見せてくれただけだったのだ、「きれいでしょう?」。心底恥ずかしかった。観光地で私が騙されて戻った夜、彼は毅然として言った。
「インド人に騙されたのではない。NOと言わないあなたがいけない」
旅立つ時、「気をつけて。NOと言いなさい」と彼は言った。ヒンドゥの聖地でおびただしい数が売られていたシバリンガ。それを連想させる黒いボトル。漂うカルダモンとサンダルウッドの香り。そして最後に残るムスクは、私をインドに連れていく。甘さを残すのにその香りは言う。「毅然としないさい」と。