『冤罪法廷』 ジョン・グリシャム

はじめてこのブログでグリシャムを取り上げる。リーガル・サスペンスって理屈っぽくて小難しそう。そうした先入観から敬遠してきた人も少なくないと思う。しかも厚めの長編が多く、移動中や休憩中にサクッと読めるボリュームでもない。

短編好きな私がなぜ上下巻あるグリシャムの長編を手に取ったかというと、Amazonプライムで『推定無罪 -あなたの大切な人は殺人鬼か?-』というドキュメンタリー番組にハマったためだ。(ハリソン・フォードの映画ではない) 濡れ衣を着せられた被告たちに密着したドキュメンタリー番組でシーズン3まで作られている。無実や正当防衛を訴え、卑劣な検察や理不尽な法制度を相手に闘いに挑む。たとえ犯人扱いされても好条件の司法取引を受け入れるべきか、それとも重刑のリスクを負っても信念を貫き陪審員に委ねるのか。毎回、観ていて震えがくる。判決の場面で何度か泣いてしまったほどだ。

グリシャムの『冤罪法廷』も腐り切った司法に立ち向かう弁護士の奮闘を描いた長編で、原題はThe Guardian。直訳すると守護者という意味で、法の番人のことをguardians of the lawと表現したりするらしい。

ただ、邦題からイメージするようなリーガルサスペンスではない。法廷のシーンは少ない。冤罪を晴らすために西へ東へ奔走する再審請求弁護人の一人称で物語は進んでいく。報酬のためでなく、無実を証明して依頼人を自由にするために休むことなく駆けまわる。血が通っている弱者の味方だ。思っていた以上に読みやすく、思っていた以上に親しみやすく、思っていた以上に熱い。著者のグリシャムはとても謙虚な人格者として知られている。いつでも貧困層の味方であり、『冤罪法廷』でも自分の損得しか考えない冷血な連中への憤りが伝わってくる。

小説としてはありがちな設定であり、斬新な展開も過激な描写もセクシャルなシーンもない。それでもじわりと心を打つものがあり、世の中まだ捨てたものではないと思わせてくれる。

『冤罪法廷』はテキサス州の冤罪事件をベースにした実話ものであり、真実より正義よりも強い力が世の中を牛耳っていることを見せつけられる。ここではストーリーを紹介しないが、グリシャムは元ミシシッピ州の弁護士で多くの刑事事件を経験しているだけに描写にはリアリティと説得力がある。スティーヴン・キングが絶賛するほどストーリーテラーとしての評価も高い。ちなみに我が愛しのトレヴァー・ローレンスもグリシャムの愛読者らしい。誰かって?ジャクソンビル・ジャガーズのクォーターバックですよ!

あとがきの中で、ポリグラフ検査(嘘発見器)などエセ科学が幅を利かせる日本の刑事司法の後進性についても指摘している。驚いたことに、日本では専門家の証言者適格も問われないそうだ。つまり、インチキ野郎が専門家先生として法廷で証言できてしまう…。『冤罪法廷』には米国の司法の病理が描かれているが、日本も似たり寄ったり、もしかしたらそれ以下なのかもしれない。

物事は往々にして真実ではなく利害によって決まってしまう。泣き寝入りすれば悪党たちの思う壺。勇気を出して意を唱えることが大切だと読後に改めて感じた。

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