『独立器官』 村上 春樹

2014年3月号の文藝春秋が初出の短編。結論から言うと、読後に深い余韻の残る名編だと思う。すべてをうまいことコントロールできている技巧的人生は本当に幸せなのだろうか、という問題提議もとても興味深い。

途中から物語に引き込まれ、久しぶりに幸せな読書を堪能できた。脳内に映像が広がっていくこの感じは、テレビとかYouTubeでは得られない読書ならではの魅力ではないだろうか。

この短編、ひとつだけ注意点がある。

初めの方に難解な言い回しがいくつかあり、「なんか面倒臭そう」と感じてしまう。例えば、冒頭の一文。

内向的な屈折や屈託があまりに乏しいせいで、そのぶん驚くほど技巧的な人生を歩まずにはいられない種類の人々がいる。

うーん、二度読みしないと頭に入ってこない。

その行動の様式が一貫しているという文脈においては、彼の全体像を描くのは比較的容易であると言い切ってしまっていいのではないか。一人の職業的文章家として、いささか僭越かもしれないが、そういう印象を当時の僕は持った。

固くて少しばかり読みにくい。

でも、ここで本を閉じないでほしい。すぐに読みやすくなり、いつもの著者らしいマイルドな文章に戻るのでご安心を。

読む楽しみを損ないたくないのでストーリーを詳しく書かないが、結婚歴のない52歳の美容整形クリニック経営者の恋煩い(こいわずらい)を描いた短編だ。そういう話は苦手かと言わずに、騙されたと思って読んでほしい。

すべての女性は嘘をつく独立器官を具えている。独立器官が勝手に嘘をつくのだから、ためらいなどなく、良心も痛まない。安らかな眠りが損なわれることもない。

恋煩いも独立器官のせい、本人の意思ではどうすることもできない。

こうした独立器官による他律作用で人生は狂わされるが、それは不幸なことなのか?独立器官の介入がなければ、人生は素っ気ない単なる技巧の羅列に終わってしまうのではないだろうか。制御できないからこそ、人生は面白い。勉強ができ、良い学校に入り、良い会社に就職し、出世し、絵に描いたような結婚をし、素敵な家を建て、理想的な家庭を築いたとしても、制御された技巧的な人生は本当の意味で幸せなのだろうか。この短編はそれを読者に問いかけてくる。

伊集院光は細部まで緻密にプランを練ってから旅行に出るそうだが、旅の最大の魅力はその予定が崩れた時だと話していた。読書中、ふとその話を思い出した。

いやぁ、『独立器官』は面白い。考えさせられる。読み終えたばかりだが、近いうちに再読しようと思う。

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