『コーパスへの道』 デニス・ルヘイン

「代表作『ミスティック・リバー』に勝る感動を約束する七篇の短篇を収録」という謳い文句に惹かれてこの短編集を手に取った。パトリックとアンジーという探偵を主人公にしたデニス・ルヘインの初期の長編を読んだことがあるが、なんとなく会話のノリが苦手で、「ちょっと相性悪いかな」と感じていた。映画版の『ミスティック・リバー』があまりに良かったため、ルヘインという作家がまた気になり出した。とにかくこの映画は素晴らしく、物語の構成、俳優の演技、クロームでダークな映像、すべてが満点でこれまでに10回は観た気がする。特にケビン・ベーコンが良かった。

クリント・イーストウッド監督作品はほぼ例外なく傑作だが、『ミスティック・リバー』はその頂点ではないかと個人的に思っている。あまり共感は得られないかもしれないが『リチャード・ジュエル』も捨てがたい。

話を戻すと、『ミスティック・リバー』と同時期に書かれた短編が『コーパスへの道』(原題はGone Down to Corpus)。読み始めてすぐ、「こいつは『ミスティック・リバー』っぽいぞ!」とテンションが上がった。

心に闇を抱えて生きる人々を描くのが得意と言われるルヘインだが、一般的にはハードボイルドのベストセラー作家というイメージだろうか。もともと純文志向が強いようで、本短編もエンタメミステリーではなく、悲哀に充ちた文学色強めのクライム・ノヴェルという印象。地味ではあるが良作で、『スコッチに涙を託して』などのシリーズものとはかなり趣が異なる。

貧困なエリアに暮らす18歳の少年と悪友たちが、フットボールの試合で致命的なミスを犯したチームメイトの邸宅に押し入り、容赦無く家中を破壊しまくるという暴力的な話である。そのミスのせいで、少年は奨学金を受け取るチャンスを逸し、腹いせに過激な行動に出てしまう。とは言っても、バイオレンスを売りにしたB級な短編ではなく、少年の遣る瀬ない心情が悲哀いっぱいに描き込まれている。少年の父親は、ビールを煽りボロ屋のポーチで泣いているような男で、「さんざん苦労した挙句にこうなることがわかっていたら、もっと早く死んでいたよ」と息子に漏らすほど惨めな人生を歩んできた。それを目の当たりにしてしまった少年は、鬱屈と閉塞感の中を生きるしかなくなる。どうにもならないどん詰まりの毎日、貧困が精神に与える重いダメージ、空虚なだけで希望のない未来、そして暴力という発露。

なかなかの力作で読み応えがあった。原書を読んではいないが、その文体は簡潔で骨太でハードな魅力に溢れているらしい。他の短編を読むのが今から楽しみだ。

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