「ぼくの弟」 ジョン・チーヴァー

「泳ぐ人」とは異なるムードの本格的で読み応えのある短編だ。

何事も悪い方に考える厭世主義の弟と、そんな弟のネガティブさにイライラを募らせる兄の心模様が描かれている。

この弟には世の中の何もかもが愚劣なものとして映る。その狭量な精神のために他の人の考えを受け入れることができない。結果的に相手を見下し、さよならを言うことになる。

父と別れ、母と別れ、ルームメイトと別れ、大学を辞め、職場を去り、町を離れる。すべてを否定し、すべてと決別する。

この短編では、兄の目線で弟のペシミスティックな思考が次々と語られる。きっと弟はこう悲観的に受け止めているはずだ、おそらく弟はこう辛辣に考えているだろう、といった具合に。一見すると楽観主義者と悲観主義者の衝突に見えるが、兄の中にも弟と同じ暗さがあるからこそ、言動の一つ一つが気になって仕方ないともとれる。

「ぼくの弟」の原題は、Goodbye,My Brother。このGoodbyeにこそ、著者の思いが込められているのではないだろうか。自分の内側にある弟と変わらぬネガティブさ(周りを不快にさせてしまうほどの暗い考え方)にイラつき、そんなものは心から追い出してしまおうという意思をGoodbyeに感じる。

本作が収録された短編集「巨大なラジオ/泳ぐ人」には、「ぼくの弟」を書き上げるプロセスについて書かれたエッセイ「何が起こったか?」も付録として収められている。やや難解ではあるが、著者自身の感情の葛藤と分裂への憤りについても触れられているので、私の解題もそれほど外れていない気もするがどうだろう。

「ぼくの弟」は短編の魅力と可能性を教えてくれる大傑作なので、未読の方にはぜひとも読んでいただきたい。

巨大なラジオ / 泳ぐ人

TOP