三十数年生きてきて一度も幽霊を見たことがない、虫の知らせさえ経験したことのない男が、人生でたった一度の恐怖体験について語る、という短編だ。語り手の男は高校を卒業して日本中を放浪していた頃に、2ヶ月ほど中学校の夜警の仕事に就いた。10月の風の強い夜のこと、深夜3時の見回りに出ようとした時、いつもとは何か違った変に気分に襲われた。とても嫌な感じを抱きつつ真っ暗な校舎を歩く。ふと暗闇の中に何かの姿を見た気がして、玄関の方に懐中電灯の光を投げかけた。下駄箱の横に見えたものは・・・
この短編を読んでいる時、いつの間にか頭の中の声が稲川淳二になっていた。私は怪談がどうも苦手で、正直なところ途中で本を閉じそうになった。(話も怖いが、翌朝早いので眠れなくなるのも怖い)
ここからはネタバレになってしまうが、最後まで幽霊は出てこない。(それでも怖かったけど)
「人間にとって、自分自身以上に怖いものがこの世にあるだろうかってね。」
本作の核心と呼べるような一文だが、著者と親しかった河合隼雄氏らによって知られるようになったユングの「影」の理論、この物語はその隠喩なのだろうか。私は心理学にはまるで無知で、自分自身の中にいる悪魔について考えるのも得意ではない。(得意不得意の問題か?)
この短編については、とても多くの解題がすでに存在する。かなり深掘りした論文もウェブで読める。分析するのも今更という気がするのと、天邪鬼な性格もあって細かく読み解いていく意欲が湧いてこない。(基本的にオカルトやホラーが苦手というのもある。カポーティも夜には読みたくない・・・)
「鏡」は、『精選国語総合』『新編 国語総合』『高等学校 国語総合』などいくつもの教科書に掲載されているらしく、なんだか物怖じしてしまい、解題を遠慮したくもなってくる。
ということで、今回は「怖かった、以上」ということでお許しいただきたい。
一つ思ったのは、村上春樹という作家はとても軽快な人だなということ。作品のテーマも舞台もプロットもひらめきを重視して自由に選んでいる気がする。この「鏡」にしても、パパッと短時間で書き上げたような印象を受けた。(もちろん、しっかり推敲して完成度は高められているとは思うが)
いくつになっても、そうした若々しいフットワークや柔軟さを維持しているのは凄い。そう言えば、村上春樹氏はデルタとかコラードとかユーノスロードスターといった小型のスポーツカーに乗っていたようだが、どこか軽妙な作風に通じる。寄り道ばかりのグダグダな記事になってきたので、今回はここらで締めよう。
いつものことではあるが、内容の薄い記事で申し訳ないです。お後がよろしくないようで・・・