早稲田の学生で、関西出身であるのに完璧な標準語を話す「僕」。阪神タイガースが好きという理由で関西弁をマスターした東京生まれの浪人生「木樽」。そして木樽の恋人。この三人の接点を描いた、どこかしら自伝的な短編だ。
関西弁の会話が多いため、いつもの中性的で都会的なハルキワールドとはやや毛色が違うとはじめ思ったが、読み進めていくと『ノルウェイの森』風のアンニュイな恋話で、やはり著者らしい一篇と感じた。
ラギッド感はまったく無い。(良い意味でね)
16年ぶりに、ワインのテイスティング・パーティの会場で木樽の恋人に偶然再会する場面があるのだが、そこでの会話などアンチが騒ぎそうなほどくすぐったい。
「好奇心と探究心と可能性」と僕は言った。
彼女はほんの少しだけ微笑んだ。「そう、好奇心と探究心と可能性」
「そのようにして僕らは年輪を作っていく」
「あなたがそう言うのなら」と彼女は言った。
洒落た決め台詞もちょいちょい出てくる。
「夢というのは必要に応じて貸し借りできるものなんだよ、きっと」
うーん、好き嫌いが分かれるところだろう。
なんか誉めているのかけなしているのかわからなくなってきた。まあ、けなしているつもりはまったくないが。
yesterday
『昨日』というタイトルが付けられたこの短編は、著者は何を描こうとしたのか?
昨日は「明日の一昨日」で「一昨日の明日」である。春の前に冬があるように、冬の後に春があるように。
人生というものは、同じ状態を保ったまま流れていくわけではない。辛く寂しい時期を経験してこそ、成長した自分になれる。どんな春がやって来るかなんて誰にもわからないけど、厳しい冬をしっかり生き抜こう。そんなポジティブなメッセージをこの短編から受け取った。
作風に骨太さは無いが、実は案外ロックしている。著者にはそういう作品が多い気がする。