「病気の通訳」 ジュンパ・ラヒリ

細やかな女性の感性で書かれた上質な一篇だ。ジュンパ・ラヒリは、この短編で1999年にO・ヘンリー賞を受賞している。原題はInterpreter of Maladies。maladyの意味は病気だが、sicknessよりも重く、illnessに近い深刻な健康状態を表す。現在はあまり使わない古い言葉らしい。語源がラテン語のようなので、インド系の著者にとっては普通に今も使う単語なのかもしれない。そのあたりのニュアンスが日本人にはよくわからなくて、なんだかもどかしい。

あらすじは・・・

インドの観光タクシーのドライバーが、アメリカに暮らすインド系のヤングファミリーを乗せ、コナーラクという町の太陽神を祀る寺院(世界遺産)へと車を走らせる。

ドライバーが病人の通訳という副業を持っていることを話すと、若い妻は強い興味を示し、ドライバーは次第に彼女に惹かれていく。ふと立ち寄った観光地で、若い妻はドライバーに対して夫も知らないショッキングな秘密を打ち明ける。

というあらすじだ。「病気の通訳」というタイトルからぼんやり想像していた物語とはかなり違っていた。当たり前のことだが、小説は読まないとわからない。

このカパーシーという名のドライバーのキャラクターが柔らかくてとても良い。年齢の割にピュアなところがあり、生真面目さがにじみ出ており、筋道の通らない要求に腹をたてる気概も持っている。物哀しさの漂う作品ではあるが、とても大事なことが描かれているという印象が残った。著者の最も有名な短編「停電の夜に」も読書の魅力を堪能できる作品だが、個人的には「病気の通訳」の芯のある感じが好みだ。

惚れっぽい人は初対面の相手に対してすぐ虚像を膨らますものだが、現実はまったくそれとは違った姿をしている。瞬く間に崩れ去る、小さくて儚い夢のひとつがこの短編に描かれている。穿った見方かもしれないが、ジュンパ・ラヒリはこの作品の中で同性として許容できない女性像を描き出し、その軽薄さを断罪したいという思いもどこかにあったのかもしれない。

電車の中で読書をしている人をほとんど見かけなくなった。短編小説であれば移動中にさくっと読める。上質な作品に出会うと心から読んで良かったと思える。読書の秋、スマホの代わりに「病気の通訳」(短編集「停電の夜に」収録)を手にしてみてはいかがだろう。

停電の夜に (新潮文庫)

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