「本物の門番」 ジュンパ・ラヒリ

よそ者が抱えるアウェイ感が胸に沁みる切ない話だ。インドのカルカッタに難民として流れ着き、貧しいアパートの階段掃除をする64歳の女性ブーリー・マー。住人たちを相手に過去の裕福な暮らしを饒舌に語るものの、どうせ作り話に違いないと誰も取り合わない。ある日、そのアパートの住人であるダラル氏が、流し台を階段の上り口に取り付けた。しかし、ダラル夫妻が留守中、流し台は何者かによって盗まれてしまう・・・

これ以上はネタバレになるので書けないが、よその土地からやってきた者がコミュニティの隅っこで何とか生きている様がひしひしと伝わってくる。何とも悲哀に満ちたストーリーではあるのだが、古典と錯覚するほどに巧く、完成度はとても高い。インド独特のカースト(社会的身分制度)のことがよくわかっていないため、ジュンパ・ラヒリを読むときにいつも勉強不足を痛感するが、それでも登場人物の息づかいをリアルに感じ取ることができ、良質な読書をくれる。

「本物の門番」 (原題:A Real Durwan)が収められた短編集はジュンパ・ラヒリのデビュー作というのだから、ただただ驚くしかない。新人離れしているというか、ベテラン作家のような確かさと深みすら感じさせる。アメリカで最も権威があると言われるピューリツァー賞(フィクション部門)まで受賞しているというのだから、そのスター性のある容姿も含め、華々しさが桁違いだ。

ジュンパ・ラヒリにはアメリカに住むインド人作家というイメージがあるが、実際にはインドに住んだことはないという。ベンガル系インド人移民の子としてロンドンに生まれ、3歳の時にアメリカへ移住。キングストンという町で育ったそうだ。母親は彼女に対し、ベンガル系インド人の血を意識付けたようで、ジュンパ・ラヒリ作品には移民がしばしば登場する。故郷への複雑な思い、消えることのない偏見や疎外感を抱えながら暮らす日々。立ち位置や世代によって微妙に異なる愛郷やコミュニティへの帰属意識、その僅かなニュアンスの違いを丁寧に描きつづけている。どうしても書かずにいられない終生のテーマを持ったタイプの作家だと思う。

「本物の門番」は、現実を美化することなく、骨のある短編に仕上がっている。舞台や登場人物の違いはあるが、「停電の夜に」や「病気の通訳」で感じた女性的なマイルドさはない。ちなみに、「本物の門番」が収められた短編集の日本語訳版のタイトルは「停電の夜に」だが、原書は「病気の通訳」(Interpreter of Maladies)である。おそらくは、日本人の好みに合わせたマーケティングによるものだろう。

今回、いろいろとレビューにも目を通してみたが、どの作品も例外なく丁寧に紡がれており、多くの読者にとって何度も再読できる愛読書になっているようだ。ジュンパ・ラヒリに出会えて良かった、特に女性でそう感じている方も多いようだ。

停電の夜に (新潮文庫)

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