「ハナレイ・ベイ」 村上春樹

「ハナレイ・ベイ」 村上春樹

村上春樹の短編作品「ハナレイ・ベイ」が映画化されるそうだ。(2018年10月に全国ロードショー)

主人公サチ役に吉田羊。サチの息子タカシ役に佐野玲於(GENERATIONS from EXILE TRIBE)。サーファー役に村上虹郎。そして、松永大司が脚本と監督を担当する。「トイレのピエタ」の予告を観ただけだが、村上春樹作品の映像化に向いている気がした。(偉そーにスミマセン)

「ハナレイ・ベイ」という短編には個人的な思い入れがある。2005年の短編集「東京奇譚集」に収められているのだが、当時は村上春樹作品をあまり読んでいなかった。それでも、この作品には強く惹かれるものがあり、なかなか頭から離れなかった。なぜ惹かれたのか? 今になって考えるとその答えは簡単で、「ハナレイ・ベイ」がとにかく大傑作であるからだ。カウアイの風を感じさせる乾いたタッチ、物憂げなセピアのトーン、どこか颯爽としたエンディングなど、私が知っている著者の短編の中でベストかもしれない。

ハワイを舞台にしているが、ストーリーは重く、心が痛む。(風景と心情のコントラストがとても印象的)

ハワイでのサーフィン中にサメに襲われ、一人息子が命を落とした。母親サチは、毎年命日になると事故の起きたハナレイ湾を三週間ほど訪ねた。滞在中は、ビニールチェアに座ってただただサーファーたちを眺めつづけた。サチは並外れた耳を持つピアニストだった。若い頃はシカゴのバーで弾き、日本に戻ってからもホテルのラウンジやナイト・クラブで、その場の雰囲気や客層にあわせてカメレオンのように演奏した。24歳の時、独自の音楽的才能を持つ、自分とはまるで対照的なギタリストと結婚した。2年後、二人の間に男の子が生まれたが、夫はドラッグに溺れて死んでしまう。夫の死後、六本木に小さなピアノ・バーを開いた。息子はサーファーになった。サチがしぶしぶ旅費を出し、息子はカウアイ島へ行った。そして、サメに襲われて脚を噛み切られ、19年の短い生涯を閉じた。わがままで、集中力がなく、適当な嘘をつくから好きになれない。それが、サチの息子への正直な気持ちだった。ハナレイに滞在中、サチは日本から来た二人組の無邪気なサーファーと知り合った。会話は稚拙だが、サーフィンは上手かった。その二人が、ビーチで片脚のサーファーを見かけたとサチに話す。それから毎日、朝から夜までサチは息子の亡霊を探したが、見つけることはできなかった。どうして自分には見えないのか、その資格がないのだろうかとサチは泣きながら思い悩んだ。

ハワイの警察職員がサチに語る「怒りや憎しみによって死をもたらす戦争」への非難が、この話のコアではないかと直感的に思った方は多いかもしれない。

ものすごく素直に受け取ると戦争反対の話となりそうだが、そこが重点ではないように思える。途中、酔ったアメリカ人の元海兵隊員にサチが絡まれる場面がある。自らの意志を持たず対米追従する日本への非難がそこに込められているようにもとれるが、戦争云々というより、自らの意志を持たないパッシブな態度への批判なのではないだろうか。

息子は決めたレールに乗る生き方をしなかった。何かのコピーではなく、オリジナルな意志を持ち、それに従って自由に行動した。夫も同様に、他人を模倣せず、安定指向を持たなかった。そして、2人ともこの世を去った。短命ではあったが、自分自身で創った曲を弾いた人生だった。サチという人間は、コピーは得意だが、自由に弾けと言われると何も弾くことができない。オリジナルの曲を持っていないのだ。

村上春樹作品において、他者に隷属したり、安定を求める人間の哀れは、割と頻出するテーマではないかと思う。「ハナレイ・ベイ」は、息子を失った悲しき母親の憂いを描いた短編ではない。息子や夫は、自分の意志に従って生きる存在のメタファーである。それは、見る角度によっては利己的でいい加減な存在に映る。

たとえ命を落としても、短命だとしても、自分の意志で生きる人がいる。逆に、自分というものがなく、他者に合わせて安定的に長く生きる人がいる。オリジナルの曲を弾くのか。誰かの曲をコピーするのか。人の生き方は2つに分かれるのだ。

著者がひらめきで書いている部分もあると思うので、すべてをロジカルに意味づけしていくのはどうかという気もするが、「ハナレイ・ベイ」は重要なテーマを含んだ奥深い短編だとは思う。

ハンティング・ナイフ」もそうだが、村上春樹と南国は相性がとても良い気がする。テキトーな締め方で申し訳ないデス。。。

****************

村上春樹作品の映画化と聞いて、私が思い浮かべるのは「トニー滝谷」だ。脱色された物悲しい映像美と坂本龍一の儚いピアノが溶け合い、孤独なムードを醸成していた。「ハナレイ・ベイ」は果たしてどう映像化されるのか。今から楽しみだ。

短編「トニー滝谷」の感想はこちら

 

東京奇譚集 (新潮文庫)

めくらやなぎと眠る女