『ジョナサンがいない』は『クリスマス・プレゼント』という短編集に収録されている。『クリスマス・プレゼント』の原題は『Twisted』で、文字通りどの作品も捻りがかなり効いている。
ディーヴァーといえばどんでん返しの達人、読者を誤認させる叙述トリックはお手のものというところだろう。『ジョナサンがいない』(原題:WITHOUT JONATHAN)も、「こっちかと思ったら、そっちかい」てな具合で何重にも予想を裏切ってくる完成度の高い短編だ。
メイン州に暮らす34歳の女性メリッサが、人生を次の章へ進めるため、30キロ先のグリーン・ハーバーへと銀色のトヨタ車を走らせる。彼女の夫は…
読む楽しみを削ぐことになるので、あらすじ紹介はここまでにしておく。 読後の率直な感想としては、期待より何倍も面白かった。(期待が低かったわけではないがディーヴァーといえば長編なので)
ディーヴァーは、長編では必ず最後に「善」が勝利する勧善懲悪ストーリーを読者に提供してきたという。時間とお金と感情を注ぎ込んだ読者を皮肉に満ちたエンディングでがっかりさせたくないという誠実さがそこにある。でも、短編小説では事情が違う。サクッと読めてしまうので、究極の善を究極の悪として描くことが許される。ショッキングな結末も受容される。つまり書き手にとっても痛快な自由に溢れているのだ。
普段の生活の中で善人と悪人、情に厚い人と冷酷な人って、意外と見抜けていなかったりする。何かトラブルが起きた時、いつもは無愛想な人が親身になって助けてくれ、その人間性に初めて気づくことがある。逆に、善人と思って親しくしていたら、自分の損得しか考えていない冷酷さが透けて見えてがっかりすることもある。 著者の言葉を借りるなら「世の中のものごとは、すべてが見た目どおりであるとはかぎらない」ということだ。
ディーヴァーが短編の名手でもあることがわかった。仕掛けがあると知りつつも騙されてしまう。『ジョナサンがいない』も騙される喜びに充ちた傑作だった。他の作品もすべて完成度は高い。手抜きも無い。そういう意味で、この短編集はとてもコスパが良いと思う。