「最後の言葉」は、グレアム・グリーンが他界する前に遺した最後の短編だ。(多分) いわゆるディストピアもので、宗教(カトリック)の存続が主題になっている。(多分) ディストピアとは、簡単に言えば理想郷であるユートピアの反対語で、SFなどで描かれるネガティブな未来世界のこと。この短編では世の中からクリスチャンが一人もいなくなり、世界国家によって統治されるシステマチックな社会が描かれている。主人公である記憶を失った元ローマ教皇の老人が、言葉巧みな策士である世界国家の最高権力者により死に追いやられるという物語だ。
グレアム・グリーンは1904年生まれのイギリス人で、映画が有名な「第三の男」などを書いた作家。オックスフォード大学在学中にイングランド国教徒からカトリックに改宗している。映画評論などマルチに活躍したが、児童買春を告発され、最悪の晩年を過ごした。カトリックの倫理を扱った小説を多く書いていただけに、余計にアウトだった。(書いてなくてもアウトだが) ノーベル賞の有力候補でもあったが、何が災いしたのか受賞することはなかった。
グリーンが他界したのは1991年であるので、「最後の言葉」はそれほど古い作品ではない。今の世の中、このまま放っておいたら、教会はなくなり、カトリックは絶滅してしまうという危機感があったのかもしれない。悲観的ではあるが、わずかなカトリック存続の可能性を感じさせるエンディングにはなっている。
いつに始まったかは勉強不足で知らないが、グリーンが危惧した宗教離れは世界的に加速しているようだ。イギリスでは、2015年の某調査で「特定の宗教に属さない」が46%と急増し、キリスト教徒を上回ったという。時代に合わせて宗教も姿を変えていくのだろうが、宗教離れに歯止めを掛けるのは相当に難しいのではないだろうか。
重くて暗い未来小説ではあるが、とても興味深いテーマだと感じた。