不安を煽るようなタイトルを与えられているが、ケン・ローチ(英国の映画監督)と是枝裕和(日本の映画監督)による「不平等な世界」への怒りと嘆きのメッセージが記録された新書だ。(新書というのは新刊ということでなく、軽めの教養本などに多い縦長サイズの叢書のこと。叢書というのは、同じ分野のことを同じ形式にまとめて刊行しているシリーズもののこと)
是枝監督がケン・ローチ監督の熱烈なファンということで実現したコラボのようで、好評だったNHKの番組をベースとして、大幅に追加取材し加筆されたのが本書である。
この本の紹介文は、「分断、差別、忖度…「不平等な世界」をどう生きるか?映画監督ふたりが深い洞察と想像力で読み解く!大好評のNHK番組を追加取材、大幅加筆をして書籍化!」と力強い。!マーク連発だ。
薄めの新書なので専門書のように深堀りとまでは行かないが、私のようなケン・ローチのファンにとってはかなり貴重な情報源であり、出版されたことがただただ嬉しい。多分、3回は読むだろう。
是枝監督のことはよく知らないのだが、尖ったところと穏やかなところを併せ持つユニークな人というイメージを抱いている。作品は4、5本しか観ていないが、「海街diary」は好きな作品だ。優しい気持ちになれるし、女優陣の表現力が凄い。「歩いても 歩いても」「海よりもまだ深く」という阿部寛主演作品もゆるい感じのリアリティが心地好い。「万引き家族」は正直あまり好みではない、なんかtoo muchな感じがして。どこか似たムードを持つ韓国映画「パラサイト 半地下の家族」も、途中から味付けが濃すぎて軽い拒否反応が出たがそれに近い印象かな。思想信条は抜きにして、間違いなくどちらも抜群に面白いのだが、ちょっと観ていて疲れてしまった。
その是枝監督が憧れるケン・ローチという人は、60年間もガチで政治に関わってきた筋金入りの左派監督。確か政党を立ち上げたこともあったかと。かなりアンチは多いし、実際に何年も干されたりしているが、ブレることなく一貫して労働者側に立って闘いつづけてきた。80代になっても、そのパワーはまったく衰え知らず。機会があればぜひぜひ観て欲しい。
この本の中でケン・ローチは、今の映画産業は金儲けしか頭にない連中ばかり、サッチャーやボリス・ジョンソンは最悪の政治家ってな感じでストレートな批判を繰り広げている。一言でいうなら、本気で怒っている。ゴリゴリの社会主義者ではあるのだが、初めから結論ありきで凝り固まっているというのではなく、現実の世の中を知れば知るほど「やっぱりあいつら許せねぇ」という怒りが湧き上がり、それをどうにも止められないといった感じだ。
本の最後で、不平等と搾取に溢れた劣悪な世界を残してしまったことを若い人たちに謝罪したい、と誠実に語っている。
個人がすっかり巨大な権力に飲み込まれてしまい、「そもそも論」を誰も言えない時代の空気。差別的で、冷酷で、忖度ばかりの不気味な社会。ケン・ローチだけでなく是枝監督も、固有名詞を伏せることなく、ズバズバと痛烈な名指しの批判を展開している。
とは言え、二人とも政治的な映画作家という感じではない。ケン・ローチ作品はプロパガンダやアジテーションでなく、エンタメとして純粋に面白い。是枝監督については特定のイデオロギー信仰はなく、自ら言うように思想的な主義主張は明確ではない。左寄りでも右寄りでもないと、この本の中でも自身について説明している。
世代の違う二人の映画監督の共通点と差異が見えて、とても興味深かった。私自身はケン・ローチ監督のファンだが、価値観やスタンスは是枝監督にとても共感できた。私の勉強不足もあるが、ケン・ローチが標榜する社会主義の世の中をリアルにイメージできないし、左右で分ける考え方にもどこか違和感を覚える。一方で是枝作品に感じてきたある種の曖昧さを共感をもって理解できるし、他の作品も観たいという欲求も湧いてきた。