「スミルナの埠頭にて」 アーネスト・ヘミングウェイ

「スミルナの埠頭にて」 アーネスト・ヘミングウェイ

短いけれど難しいな、この短編は。(個人的に嫌いではないが)

「スミルナの埠頭にて」(原題:On the Quay at Smyrna)は、ヘミングウェイの初期作品を収めた短編集「われらの時代」(1925年,原題:IN OUR TIMES)の冒頭に置かれている短編だ。ヘミングウェイをはじめて読もうと「ヘミングウェイ全短編1」を買われた方は、おそらく最初に「スミルナの埠頭にて」を読むのではないだろうか。

うーん、なかなかハードルが高い。わかりにくい。この短編を読んでヘミングウェイにハマる人はいるのかなぁ、と余計な心配をしてしまう。

まず何より、発表から1世紀近く経っているため、時代背景がピンとこない。ヘミングウェイは作中でほとんど説明してくれないため、予習無しで読めば、状況をリアルにイメージするのはまず無理だろう。(短編小説を読むのに予習が必要だなんて面倒くさいと思うでしょ。そう、確かに面倒くさい。ヘミングウェイの場合はこの手のが割と多い)

ということでちょっとお勉強。

ここから池上彰風に・・・

スミルナというのはエーゲ海に面した商業都市の名前なんですね。ギリシャ側はスミルナと呼びますが、トルコ側ではイズミルと呼びます。現在はトルコ領なのでスミルナという都市は存在しません。イズミルはトルコの第3の都市になっています。「エーゲ海の真珠」と讃えられるほどに美しくて、たくさんの観光客を集めています。

でも、第一次世界対戦の終わり頃、ここは悲惨な戦場だったんですね。1919年にギリシャ軍がこの地に侵攻したことで、ギリシャ=トルコ戦争が勃発しました。ギリシャ軍はイギリスを味方につけましたが、トルコ国民軍が猛反撃したことで、1922年にトルコがスミルナを奪回します。「スミルナの埠頭にて」で描かれているのは、トルコが奪回した後の様子になります。

ところで、この短編の中の語り手は誰だかわかりますか?

「ギリシャ軍の偉い人ですか・・・」

そう思いますよね。トルコ軍を敵として描いていますからギリシャの軍人と考えたくなりますが、実は違うんですね。この短編の中で威勢良く話しているのはイギリス軍の士官なんですね。つまり、文中に出てくる「われわれ」というのは、イギリス軍を指しているわけです。先ほど説明しましたが、イギリス軍はギリシャ軍に味方しています。しかし、トルコが勝利した後は、中立の立場を取りました。この短編には、トルコ軍の激しい虐殺からなんとか逃れようとするギリシャ人の避難民たちが出てきます。スミルナの港に押し寄せ、泣き叫んでいる悲惨な状況が描かれているわけなんですね。この世の地獄のような状況を、客観的に、どこかコミカルにさえ思えるトーンで語れるのは、イギリス軍の士官であるからなんですね。

池上彰風はここまで。

読書の感想を抱く以前に、現代の日本人にはかなりわかりにくい作品だと思う。しかも、二人称なのか三人称なのかわからないような捻った書き方をしており、読みやすいとは言えない。イギリス軍の冷淡さをアイロニカルに表現しようとしたのか、現場に居た人間しか知り得ないリアルさを表現したかったのか、そのあたりは私の浅い知識ではわからないが、ヘミングウェイらしい臨場感に溢れている。

でも、どうしてこの短編を頭に持ってきたのだろう。掴みとしてはまったく相応しくない作品に思えるのだが。自分なら、短編集の頭にはもう少しキャッチーな作品を入れるが、ヘミングウェイはそういう商業性を嫌ったのだろうか。

わかりにくいと何度も書いたが、クオリティの高い傑作であることは間違いないと思う。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)