「パン屋再襲撃」 村上春樹

「パン屋再襲撃」 村上春樹

ファッション誌「マリ・クレール」の1985年8月号が初出とのこと。「パン屋襲撃」という初期の短編の続編らしいが、そいう知識は何もなしに、気分だけでこの短編を手に取った。

ここでストーリーを詳しく紹介するつもりはないが、新婚夫婦がある呪いを解くため、銃を持ってマクドナルドを襲う(深夜に営業しているパン屋が見つからなかったので)という奇想天外な話だ。

何も考えずに読むと、かなり面白い。

読者を煙に巻くようなやや難解な始まり方をするのだが、淀みなく文章が流れていくため、楽々読み進めることができる。読者の脳に負荷をかけない、とてもイメージ喚起力の高い文章だと思う。そこには、多くの純文学作家が持ち合わせていないサービス精神を感じたりもする。

やはり小説は面白い方が良い。いくら栄養満点の料理でも、不味かったり、味がしなかったら、食べる気にはならない。純文学だって同じで、美味しい方が良いに決まっている。

村上春樹作品を読むとき、作家自身が楽しみながら書いていることもあると思うが、我慢の読書を強いられることはまずない。作家は偉いとか、立派なことが書いてあるから心して読むように、といった驕りも感じられない。基本的に、他人に優しい人なのだと思う。

とは言え、メタファーだらけ(おそらく)で、いろいろ考えはじめると混乱してくる。

はじめは常識ある大人として描かれていた二人だが、夫の過去の話をきっかけに空気が変わり、最後にはパン屋を襲撃してしまう。マクドナルドに押し入り、銃口を店員に向けて30個のビッグマックを強奪する。マクドナルドは、マニュアル化された資本主義の象徴なのだろうか。日頃は秩序を守りながら生きている二人が、実はどこかで社会への違和感を抱いており、それがある種の飢えを生む。何かをトリガーにして、その飢餓感(空腹感)は受動から能動へと転換する。襲撃という行為は法的にも倫理的にもアウトなのだが、二人にとって「正しいとか正しくないとかいう基準では推しはかることのできない問題」がそこにある。

よくわからなくなってきた。

この二人、襲撃後にビッグマックをガツガツ食べて充たされ、穏やかさを取り戻す。ハンバーガーは奪うのにドリンク代だけはきちんと支払うなど、社会的秩序を全否定している訳でもなさそうだ。何だか複雑。襲撃によって呪いから解き放たれたのだろうか。一時的に溜飲を下げただけなのか。。。

うーん、よくわからない。

やはり謎解きは苦手だ。というか、好きになれない。パズルのような思考の遊びには、心が躍動するようなフィジカルな歓びを感じない。ランニングしたり、太陽の下で寝転んだりする、そうした行為の前に理屈は吹き飛んでしまうだろう。「パン屋再襲撃」 のことを否定しているわけではない。ただ、謎解きが嫌いなだけだ。

率直な感想としては、読書の楽しみを思い出させてくれる良い短編だと思う。かなり面白かった。「面白い」ということはとても重要なことだと思う。裏側に隠された意味より、「面白いか否か」の方がずっと重要に思えてならない。以前にも書いたが、ビリー・ワイルダーの次の言葉が好きだ。

「人々を退屈させるのは罪だ。何か大切なことを言いたいのなら、それをチョコレートにくるみなさい。」

「パン屋再襲撃」はたっぷりのチョコレートにコーティングされた美味しい短編だと思う。

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