「何を見ても何かを思い出す」 アーネスト・ヘミングウェイ

「何を見ても何かを思い出す」 アーネスト・ヘミングウェイ

とても不快な話だ。ヘミングウェイ作品の中で最も不快かもしれない。我が子に対しての痛烈な仕打ちであり、読後感も悪い。著者の死後に発表された作品ではあるが、やはり世に出すべきではないし、そもそも書いてはいけなかったのだと思う。

ヘミングウェイは40歳くらい(1939年)の頃から、キューバのフィンカ・ビヒアに住みはじめている。40年代中頃になると、ノルマンディー上陸作戦など第二次世界対戦を精力的に取材し、ヨーロッパ戦線で知り合ったメアリーと4度目の結婚をした。そのあたりから後、いわゆるキューバ時代後期に書かれたヘミングウェイ作品にはあまり魅力的なものがない。訳者の高見浩氏は「長い下り坂」と形容している。「老人と海」という名作を発表しているではないか、と思う方もいるだろう。「老人と海」は日本で名作扱いだが、本国での評価はそれほど高くない。精彩を欠いたやや退屈な小説とも言える。著者が50代の後半に書いた回想録「移動祝祭日」にしても、パリの街を瑞々しい文章で綴っているものの、他人を蔑むような中傷が多く、気持ちよい読書にはならない。ヘミングウェイの精神状態の悪化がそこにも見て取れる。

ネガティブな話が多くて申し訳ないが、晩年の作品を取り上げると、どうしてもこうなってしまう。

「何を見ても何かを思い出す」のストーリーはシンプルだ。息子が小説を書いて表彰されたが実は名作短編の丸写しだった、という話。(28字で説明できた)

原題 は、I Guess Everything Reminds You of Something。これは息子が父に言ったひとことで、「パパってさ、思うんだけど、なに見てもさ、なにかしら思い出すよね」くらいのニュアンスだと思う。何を教えてもそこから人生を学ばない息子に対する、アイロニーにあふれたタイトルだ。親子であるのに心が通い合っていない悲しさがにじみ出ている。

この短編では、息子の嘘に愕然とする父親の苦悩が描かれている。同時期の短編「本土からの吉報」も息子の非道を題材にした作品で、この2篇はセットとして読める。どちらのエピソードも、事実を元にして書かれたと言われている。三男グレゴリーの著書「パパ 個人的な回想」には、元となった事件についての記述もある。

ヘミングウェイの生前、この短編は未発表であった。著者自身が、世に出すべきではないと考えていたことに救われる。作中では、愚劣で性悪だとか、終始一貫ダメな男などと、我が子を容赦なく非難している。これだけ露骨な言葉をもしグレゴリー本人が目にしたら、心の傷にならないわけがない。それを心配する親心がヘミングウェイの中にもあったのだろう。あったと思いたい。

ヘミングウェイは、悩みや苦しみを小説にすることで自己救済してきた。だから、本当は書くべきではない題材でも、書かなければ辛さに耐えられなかったのかもしれない。

この短編を「親の苦労話」として同情的に解釈している人は多いが、そうした声には同調できない。ヘミングウェイが親らしく生きた時間は少ない。休暇などに、格好いいパパを演じただけのようにも思える。あれだけ離婚を繰り返し、世界中を移動していた男が、良い親であったとは思えない。

「何を見ても何かを思い出す」のモデルとなった三男グレゴリーは、後に結婚して子どもを持つことになるが、家庭内で父親アーネストの話を一切しなかったという。思い出すことさえ辛かったのだろう。グレゴリーの子どもは、祖父が有名作家であることを友人から聞かされて初めて知ったそうだ。グレゴリーの人生はとても切ない。性転換手術を受け、2001年に裸でマイアミを徘徊して逮捕され、女子房で人生の最期を迎えている。

「何を見ても何かを思い出す」は親の苦労を描いた話ではない。子どもの不幸を描いた話である。

今回はちょっと辛辣すぎたかな・・・

 

蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)