「あらかじめ決まっていること」 ジェームズ・ボールドウィン

内容は明るいものではないが、表現は平易で飾り気がなく、読みながらある種の安堵感を覚えた。良い短編だと思う。もう少し、引っかかりを作っても良いのではないかと思うくらい読みやすかった。

ジェームズ・ボールドウィンは50年代を代表する黒人作家だ。50〜60年代は、人種差別の撤廃と法の平等などを求めた公民権運動の時代である。ボールドウィン自身もキング牧師と行進するなど著名な公民権運動家として知られていた。

「あらかじめ決まっていること」 でも、黒人たちの生きにくさやコンプレックスがリアルに綴られている。ただ寝場所を見つけるにも、ただ外食をするにも、黒人であるがための居心地の悪さがついてまわる。著者はハーレム生まれで、職を転々とした苦労人であり、差別と偏見を実体験として知っている。理不尽な社会への持って行き場のない怒り、そして遣る瀬なさが、この作品でも当事者目線で語られている。

ボールドウィンと言えば、未完原稿をもとに差別の現実を描いた「私はあなたのニグロではない」(2016年)が話題を呼んだ。トランプ政権下で異例の大ヒットとなったドキュメンタリー映画だ。

「あらかじめ決まっていること」は人種差別を扱った話ではあるが、もっと普遍的な意味を持った作品だと感じる。偏見にもいろいろある。蔑むような目をした人間は私たちの周りにもいる。差別は他人事ではないと思う。

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