原題はHal Irwin’s Magic Lamp。価値観のまったく異なる夫婦を描いた短編だ。
株で大金を手に入れた夫ハルは、妻メアリを喜ばそうと魔法のランプを使ったサプライズを思いつく。アラビアンナイトの魔法に見せかけた演出で豪邸や高級車を贈るものの、つつましい生活を望み、虐げられている人々に心を痛めるメアリには少しも響かない。それどころか逆に怒らせてしまう。そして、二人の心の距離は埋められないほどに離れてゆく。
このハルという男は汗をかかずに大金を手にしたペラペラな男として描かれいる。妻の気持ちをまるで理解しておらず、セレブな暮らしを欲していると誤解している。妻を喜ばせたいという思いも幼稚なもので、俗物根性が皮肉な結果をもたらすことになる。
「魔法のランプ」は1957年にコスモポリタン誌で発表された短編で、著者が30代半ば頃が執筆時期と思われる。第二次世界大戦での壮絶な体験からは10年以上が経っている。
この短編では黒人差別の問題も扱っている。50~60年代はアフリカ系アメリカ人が人種差別解消を求めた公民権運動の最盛期であり、リトルロック高校事件も57年の出来事だ。
常に反体制、反権威の側にいたヴォネガットらしい短編と言えるが、登場する男がすべて薄っぺらい人間として描かれているので、ジェンダー的な批判も含んでいるのかもしれない。
大人の作家としての制御はあるものの、痛烈な風刺であり、今の時代に読んでも爽快だ。ブッシュ批判もかなり辛辣だったが、こうした人道的な小説を読んでいると、世の中捨てたものじゃないと思えてくる。