「椅子なおしの女」 ギ・ド・モーパッサン

モーパッサン(1850-1893)の作品を読むと、かなりシニカルで攻撃的な印象を受ける。真実を描き出すためにあらゆる美化を徹底的に否定する、という自然主義の作家だけに書きぶりは露骨で容赦がない。しかも、このモーパッサンという人は30代で不眠症を患い、麻酔薬を乱用し、奇行を繰り返し、ついには発狂し、自殺未遂をし、43歳の時に精神病院で没するという壮絶な人生を送っている。有名な逸話で、エッフェル塔が嫌いだからエッフェル塔のレストランでよく昼食をとったという。「パリで塔が見えないのはこの場所だけだ」という理由からだ。このエピソードひとつだけでも、かなり付き合いにくい人というのがわかる。

「椅子なおしの女」は報われない一途な女性の恋心を描いた完成度の高い短編だ。一途な恋といっても、椅子なおし(移動式の住居で椅子を修繕しながら放浪する人)の女は金銭や遺産という物質的な価値でもってその熱い思いを伝えようとする。惚れられた男は生薬屋で、椅子なおしを乞食同然と見下している。しかし女が遺した大金のことを知ると態度を翻し、理屈をこねてすべて受け取る。椅子なおしの女が一生を費やし、生薬屋の男のために血と汗と涙で貯めたことに対しては何の感情も抱かない。身分による差別、金への貪欲など、人の醜さを見事に小話としてまとめあげている。モーパッサンは、社会的階級の低い人に同情的な作品を数多く残した。偏見や偽善への嫌悪を原動力に、「椅子なおしの女」でも生薬屋を笑えるくらいに馬鹿で卑しいキャラクターに仕立て上げている。

皮肉や批判に充ち満ちた作風だが、モーパッサンはヨットを所有し地中海を旅する海の男でもあったらしい。(執筆のストレスや病気、薬物に蝕まれた肉体を休ませ、癒すために海へ出たとも言われている) ヘミングウェイはモーパッサンが好きだったようだが、もしかしたら自分の生き方に重ねる部分もあったのかもしれない。

19世紀のフランスの文豪と聞くと、古臭くて堅苦しいイメージを持つだろうが、ユーモラスで楽しく読める短編集だ

モーパッサン短編集 (1) (新潮文庫 (モ-1-6))

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