「途中下車」 有栖川有栖

怪奇小説と銘打たれてはいるが、人間味があって読後に温かい印象を残す優しい短編だ。

物語は、ふとしたことがきっかけで新進女優と結婚した過去を持つ中年サラリーマンの一人称で語られる。生活のすれ違いから約3年で結婚生活は終焉し、離婚後の翌春に元妻は交通事故で他界してしまう。以来、男は人との関わりに消極的になり、付き合いを避けるようにして独りで生きてきた。ある朝、通勤電車の車窓から、元妻と自分しか知らぬはずの隠語「アタシャール」という文字をビルの看板に見つける。どうしても気になり、終業後にその看板を掲げた雑居ビルを訪ねる。メールボックスを確認し、5階へと向かう。501号室のインターホンを押すと…

というなかなか引力の強い筋書きで、いつの間にか物語に没頭していた。

「赤い月、廃駅の上に」の記事でも書いたが、どこまでが現実でどこからが異界であるのか境界が曖昧で、不可思議なムードに覆われている。この短編で描かれている「死者による助け」「死者からのメッセージ」は、非現実な出来事ではあるが、どこかリアリティを感じさせる。「きっと〇〇が私たちのことをどこかで見ていて助けてくれたんだよ」といったような会話は我々も日常的にする。亡くなった人を慈しむ気持ちが、そうしたポジティブな発想を喚起させるのだろう。

エンディングも穏やかで、怪奇小説と呼ぶのに違和感を覚えるほど温かい読後感を残してくれる。

「途中下車」が収められた短編集「赤い月、廃駅の上に」は鉄道にまつわる話で構成されているが、著者には「暗い宿」という宿にまつわる話を集めた短編集もあるらしい。そちらも評判が良いようなので近いうちに手に取ってみようと思う。

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