「私、ポケモンじゃないですよ」

「私、ポケモンじゃないですよ」

今回は短編小説の解題でなく、先日ちょっと嫌なことがあったのでその話をしたい。

木漏れ日がきれいな川沿いの道を歩いていたときのこと。30メールほど先から自転車が近づいてきた、ゆっくり蛇行しながら。

乗っているのは70歳くらいの男性。乗り慣れていないせいか、右に左に危なっかしく揺れている。よく見ると、自転車のハンドルを握っていない。両手でスマホを触りながら、前傾姿勢になり肘でハンドルを操作しているのだ。前をまったく見ずに。

「こっちへ来るなよ」そう思うと、不思議なものでこっちへ向かって来る。

「前に人がいることに気づいてくれよ」そう思うと、不思議なもので気づかない。

1メール前まで迫ってきた。爺さんはまだスマホに夢中だ。こちらが避けるしかないと、右に一歩跳んだ。すると、じいさんもつられて同じ方に曲がってきた。どうなったかというと・・・

ご名答!そのまま突っ込んできた。ブレーキを握るべき手は、最後までスマホを握っていた。別の言い方をすると、減速せずに突っ込んできたのだ。その時、スマホの画面がチラッと見えた。ポケモンGO。。。

爺さんに「私、ポケモンじゃないですよ」とウィットに富んだことを言えたら良かったが、こちらも余裕がない。咄嗟にハンドルバーを握って制止させたものの、自転車の前輪がズボンを汚し、何かが喰い込み下腹部が痛かった。

私は呆れ気味にこう言った。

「お願いしますよ」

この「お願いしますよ」は、「年齢的なこともありますし、ちゃんとハンドル持たないと。ほら、小さな子どもたくさんいるでしょ。スマホを見ながらっていうのは、さすがに危ないと思いますよ。現にこうしてぶつかってますし、少し考えてください、お願いしますよ」の「お願いしますよ」だ。しかし、その気持ちは通じなかった。

「何がだ!」

これが爺さんから返ってきた言葉だった。

こちらも穏やかに接していたので、普通に謝ってくるものと思っていた。ところが「何がだ!」と来たため、アイスコーヒーと思って飲んだら泥水だった感じで、意表を突かれてしまった。そして、どっと疲れが襲ってきた。

「ああ、もういいです」と言うと、爺さんは何事もなかったかのようにスマホに視線を戻した。

爺さんには、ピカチュウよりも「ごめんなさいと言える心」をゲットしてほしい。