ドトールで見かけた、世界を動かす男。

今、ドトールで仕事をしている。5メートルほど離れた席で、デキるディレクター風の男がPCを睨みながら電話をしている。平井堅のような容姿だ。声が低く、話し方もスマート。大きな案件を動かしているのが、その話しぶりでわかる。
「2000万の入金を確認できた段階で、私が把握しているネガを潰しにかかります。こちらの頭の中には数え切れない施策があります。一つお訊きしておきたいのは、もし私の立場なら、この事態にどう対処されます?違ったアプローチがあるのなら伺っておきたい」
といった具合で実にカッコイイ。
でも、その電話がなかなか終わらない。要件を端的に話しているように見えるが、なぜか終わらない。もう30分以上は話している。周りの客も、やや迷惑がっている。この男、何もかも見えている男を演じているが、実は何も見えていないのではないだろうか。
ようやく長い電話が終わった。男はPCの画面を見つめている。でも、どこか集中できない様子だ。貧乏ゆすりをし、それから頭を抱えたり、前後に揺すったりしている。数秒して、また電話を手にした。相手が出ると、再び超デキそうな静かなトーンで話しはじめた。
「N氏の今年の実績を調べて欲しい。すぐできそうか? そうか、わかった」
部下への電話だろうか。いかにも重要な案件を動かしている感を漂わせている。
電話を切ると、またソワソワしだした。電話中の、知的で落ち着きあるクールな男とは別人だ。そして、また電話を握る。かける相手を探している様子だ。
そうやって、男はずっと話しつづけている。スタイリッシュな容姿と低音ヴォイスで、人を動かしたり酔わせたりするのが得意なのだろう。少なくとも、会話をしている間は超デキる男に見える。
この男を見ていると、なんだか虚しくなってくる。心を鎮めることができない。自分の深いところへ入っていくことができない。私は広告業界で長く仕事をしてきたので、この手の男をたくさん見てきた。ブレストが好きで、電話が好きで、手配ごとが好きで、ディレクションの醍醐味やスリルに魅せられた男たちを。女性でも同種の人間はたくさんいる。彼らに共通しているのは、表面的で、心が貧しくて・・・
あっ、やばい!!
原稿の締め切りが迫っていてドトールに入ったのに、この男のことばかり考えていた。
偉そうに人のことを分析して、もう1時間も無駄にしてしまった。
うわぁ、どうしよう。。。
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