「その人」 ミランダ・ジュライ

原題はThis Person、直訳すれば「この人」である。自分自身のことを三人称で客観的に語るスタイルの短編に思えたので、「この人」で良かった気がするのだが、さらっと乾いた感じを出したかったのだろうか、「その人」という邦題が付けられている。(あとがきを読んでいないので、どこかにその理由が書いてあったらごめんなさい)

「その人」はフランク・オコナー国際短篇賞を受賞した著者初の小説集「いちばんここに似合う人」に収められた、あっという間に読めてしまう短い作品だ。

知人の誰もが笑顔で祝福し、それまでの人生のすべてが報われるピクニックの最中、主役である「その人」はスーッとその場を逃げ出して家に帰り、独りバスタブにつかるという話だ。

これだけでは、何のことかわからないでしょ?まあ、しっかり読んでも、簡単には理解できない。はじめ結婚の話かと思ったが、そうではないようで、結局いつも一人ぼっちになる主人公(著者自身?)の心模様を描いている。

集団に合わせるのが苦手。社交辞令なんて無理。協調性はまるでないけど、大人たちの嘘を見抜くピュアな目を持っている。そんな女性が、みんなから愛される唯一のチャンスをふいにして心底悲しみ、同時にどこか心地好いと感じている。そんなロマンチックな話だ。

ミランダ・ジュライ作品には心のデトックス効果がある。生活の中で溜まった嘘を洗い流し、精神をリセットしてくれるような気持ち良さを「その人」にも感じた。

「波」(2010年9月号)に、本書の翻訳を担当した岸本佐知子さんによるミランダ・ジュライのインタビューが載っており、その中に個性がよく表れているやりとりがあったので紹介しておきたい。

もしこの先の人生で一冊しか本を読んではいけないと言われたら、何を選びますか?

たぶん何も選びません。「こんなの馬鹿げてる、わたしが同じ本を何度も何度も読むしかないような状況が、いったい誰の役に立つっていうの?」って言うでしょう。

今いちばん心配なことは何ですか。

いつも現在取り組んでいることが心配です。それで、自分は心配のしすぎなんじゃないか、人生の喜びを味わいそこねているんじゃないかと、そのことも心配になります。

カリスマ的なスターで、数多くの取材を受けているだろうが、本当のことを話そうとする姿勢がどの言葉からも感じられる。待望の初長編「最初の悪い男」も話題になっているミランダ・ジュライ、男性にも是非読んでもらいたい。

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