「床屋」 フラナリー・オコナー

フラナリー・オコナーには「激烈」というイメージを抱いていたが、この「床屋」(原題:The Barber)は理屈抜きに面白く、ストーリー・テラーとしての力を改めて感じさせてくれた短編だ。キャラクターの造形、プロット、会話のすべてが秀逸で、逆らうことができず物語に引き込まれた。(逆らう必要はないのだが) もちろん、オコナーらしく硬い骨がある。読後5分で忘れてしまうような短編とは違い、5年経っても消えない強靭さと重量を備えている。

「床屋」は黒人を差別する床屋と、黒人擁護の自由主義者である客のレイバーとのやりとりを描いた短編だ。床屋が、次の選挙で誰に投票するかをレイバーに質問したことをきっかけに、ちょっとした論争に火がつく。後日、再びレイバーが床屋へ行くと、今度は重役風の別の男が店にいて論争に油を注ぐ。彼もまた、黒人への締めつける候補者を推す差別主義者だった。

ただの散髪中の雑談であるのに、自宅で理論武装までして必死に差別主義者を言い負かそうとするレイバーを、正義の味方どころか理屈で平等を語る浅い男として滑稽に描いている。そして何より、この床屋に雇われている黒人少年の描き方が素晴らしい。レイバーより、ずっと現実を客観的に捉えている。

このように、本作は人種差別への単純な抗議や糾弾にはなっていない。むしろ、黒人擁護派のレイバーの間抜けさが目立っている。評論家の中にはオコナーを人種差別主義者と見る向きもあるようだが、この黒人少年の柔らかな描き方を見れば、それが的外れな意見であることは素人の私でも気づく。オコナーは、差別主義者を否定しながら、偽善者も否定したのではないだろうか。

精一杯の力を振り絞って書いた短編であることが、真剣に読むほどに伝わってくる。オコナーのように書くには、オコナーのように努力する必要があるだろう。少しでも近づけよう、精進しようと思う。


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