「季節はずれ」 アーネスト・ヘミングウェイ

「季節はずれ」 アーネスト・ヘミングウェイ

超名作短編「雨の中の猫」とセットで読んでほしい、二十代半ばのヘミングウェイの心情がにじみ出ている短編だ。

原題は、Out of Season。1925年に出版された短編集「われらの時代」に収められた初期の作品である。

三人称で書かれているのだが、厳密な客観描写に徹した三人称ではなく、複数の人物それぞれの内面を描く三人称多視点を採用している。主要な登場人物が少ないこともあり、ややこしさはまったく感じないが、誰かに寄り添う書き方ではないため、全体的なトーンとしては醒めている。陰鬱な主題にフィットした書き方かと思う。

この物語の舞台になっているのはイタリアのコルティーナで、こういうところ↓

絵画のような風景でしょ。

実際に、ヘミングウェイ夫妻は1923年にコルティーナを訪れている。アーネストはまだ20代前半の若者だが、すでに第一次世界大戦で重傷を負い、心にトラウマを抱えている。妻は、八つ年上の癒し系ハドリーだ。その時、ハドリーはアーネストの子を身籠っていたが、彼は産むことに反対しており、それが二人の間に陰鬱な影を落としている。ガイドを伴って釣りに出かける逸話を通して、重苦しい夫婦間の空気を描いているのが本作だ。

初めての子どもであるのに、なぜアーネストは反対していたのか?

理由はシンプルで、「この若さで父親になるなんて嫌だよ。まだまだ飛び回りたいのに、縛られるのはごめんさ」というもの。(わがまま、というか冷淡かな。後に、この子がそれを知ってどんな思いをしただろう)

ただし、作中では「子ども」や「妊娠」といった言葉は一切使われていない。「雨の中の猫」も同じ主題の短編で、子どもを猫に例え、夫婦間の温度差を描いている。この短編でも直接的な表現は一つもなく、どう受け取るかは読者に委ねられている。これら二つの短編には大きな違いがある。それは「雨の中の猫」が女性目線で書かれていること。ヘミングウェイは自分勝手な男に思えるが、妻の目線で短編を書いたりする。こうした複雑で繊細な性格が、私にとっては救いであり、著者の魅力となっている。

どちらの短編もテーマは憂鬱だが、作品としてはとても惹かれる。男臭いハードボイルドはいまいちなものが多いが、アンニュイな短編を書かせたら、ハズレの少ない名手だと思う。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)