「兵士の故郷」 アーネスト・ヘミングウェイ

「兵士の故郷」 アーネスト・ヘミングウェイ

「兵士の故郷」(原題:Soldier’s Home)は「われらの時代」(原題:IN OUR TIME)に収められた、20代半ばのヘミングウェイがパリで書いた名作だ。第一次世界大戦下で赤十字野戦病院のドライバーとして戦線に赴いた自身の経験を生かし、兵士だった若者の帰還後の心の問題を取り上げている。

1919年、戦地から故郷のオクラホマへ帰還したクレブスは、何事にも価値を見出せず虚しさを抱えて過ごしていた。より関心を誘うため、虚偽や誇張を交えて戦争体験を話した。そうして嘘を重ねることで、自分にとって貴重な経験は輝きを失っていった。以前のように異性への関心も湧いてこない。そうしたことのために手間をかける気になどなれなかった。仕事にも就いていない。父親も彼には無関心。つまり、クレブスには特にしたいことも、すべきことも、心が躍るようなこともないのだ。今ではもう神も信じていない。喪失感と共にただ時間だけが過ぎていく。妹は彼にこういった。「何をしたくて起きてくるの、お兄ちゃんは?」 母親に「愛していない」と言ってしまい、ひどく落胆させた。古い価値観のお仕着せを嫌悪し、誰のことも愛せなくなっていた。そして、故郷を離れようと心に決める。

この短編の冒頭、クレブスがメソジスト派の大学生であったという文があるが、これは兵士になる前の彼が規律を重んじる模範的な若者であったことを示唆しているのだと思う。戦場の極限状態で知った非日常的な興奮やカタルシス、同時に人の心を壊してしまう悲惨さにより、信心はどこかに消えてしまう。神だけでなく、以前に感じていた価値が、まるで別世界に来たようにすべて色褪せて映る。あらゆるしがらみにも醒め切ってしまったクレブスは、故郷を去ろうと決意する。

この短編の主人公クレブスがしたように、ヘミングウェイは行き詰まりを感じたり、苦しい立場に追い込まれると、その関係を解消するかその場所を去ることを選ぶ。リセットボタンを押して、フレッシュなステージで再び躍動的に生きようと考える。実際に最初の妻ハドリーや長男バンビを棄て、関係が拗れた友人たちとも決別し、遥か海の向こうのフロリダへと去った。もがき苦しみながらも粘り強く乗り越える道を選ぶのではなく、真っ新な原稿用紙に新しい章を書き始めることを選択した。生涯それを続けた人だった。

いつでも華やかな方向に舵を切り、そこで「生きた実感」を大いに味わい、小説の題材とすることでスター街道を上り詰めていった。ヘミングウェイが「充分に生きた」などとうそぶくとき、傷つけられた者や残された者たちは何を思っただろう。人生にも作品にもシンプルさを求め、多くの荷物を背負うことを嫌った作家は晩年、自身の人生をどう振り返ったのだろう。

1961年、4人目の妻と暮らすヘミングウェイは、夫婦で休暇を楽しむ最初の妻ハドリーに長距離電話をかけている。ハドリーはその時のヘミングウェイの快活な声の裏にある絶望を感じ取り、電話の後で号泣したという。

「もし、何があろうとハドリーと共に歩んでいたとしたら・・・」 

その時、ヘミングウェイは「選ばなかったもう一つの人生」を想像し、悔恨の情に苦しめられていたのかもしれない。

それから2ヶ月後にヘミングウェイは自ら命を絶った。