リアルな小説

リアルな小説

土曜日だというのに仕事をしている。あと50ページくらい原稿を書かなければならない。来週は打ち合わせで使えない日が多く、休日に少しでも進めておかないと焦りで眠れなくなってしまう。いろいろ考えても仕方がない、やるしかない。

愚痴はここまで。(愚痴か?)

話は変わるが、私は疲労困憊の夜に、銀座の人混みの中で、満員電車に揺られながら、大事なプレゼンの前に、客から理不尽なことを言われた後に、嵐の吹き荒れる夜に、山の頂で、海を眺めながら、新幹線や飛行機での移動中に、「今、読みたい小説は何だろう?」「今、読む気になれる小説は何だろうか?」とよく考える。

そんな時、大抵の小説は、目の前にある現実の迫力に負けて色褪せて映る。小説など人生に比べればどうでもよい、そう思うことが多い。もちろん読書は好きだが、過大評価はしたくはない。早朝の凜とした陽光を浴びて澄んだ空気の中を歩いている時、ほとんどの小説は「冴えない作り話」に思えてしまうものだ。小説への愛が無いと非難されそうだが、これが正直な気持ちなのだ。

ただ、一つだけ例外がある。一人だけと言った方が正しいが、それがヘミングウェイだ。ヘミングウェイの短編だけは、私の中で現実と同等に存在している。物語の魅力や思想の良し悪しといった話ではなく、その世界が実存しているという感覚だ。相対的ではなく絶対的に。

読書家と胸を張れるほど私は本を読んではいないが、ヘミングウェイには書くことに対して自ら課した約束事があり、それを守りつづけた人に思えてならない。他の多くの作家は約束を守っていない。あるい約束すらしていない。だから作り話が平気で書けるのだろう。なんだか、わかりにくい話になってきた。

多くの著名人や偉人たちが名言を残している。言うは易く行うは難しで、言葉だけをブローチのように胸につけている人も少なくない。美しく巧みに飾った言葉で人を酔わせるだけの輩も多い。そういうヘタレとは違い、誰も見ていないところで、その言葉を実行しつづける人がいる。ヘミングウェイは残念な行動もたくさんした人だが、書くことに関しては、自らこしらえた厳しいコードに従って生きた人だと思う。

次の言葉はヘミングウェイの名言である。かっこいいフレーズであなたをたぶらかそうとしているのではなく、これは何年も何年も毎日毎日、彼が果たしつづけた約束なのである。どうしてわかるのかって? いくつかの短編を真剣に読めば、それは誰にでもわかるはずだ。

There is nothing to writing. All you do is sit down at a typewriter and bleed.

書くことは何でもない。タイプライターの前に座り、血を流すだけの話だ。

 

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