「ハンティング・ナイフ」 村上春樹

「海外短編小説」ではないが、世界的な作家であるので、今回は例外として村上春樹作品を取り上げることにする。私はハルキストではないし、それどころか長編はほとんど読んでいない。短編や翻訳ものをたまにという程度なので、浅い話しか書けないかもしれない。
「ハンティング・ナイフ」は、1985年の短編集「回転木馬のデッド・ヒート」に収録されている。村上春樹が30代半ば、日本がバブルに踊っていた時期で、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が大ヒットした年の作品だ。粗筋は「20代最後の夏を南のリゾート(沖縄?)で過ごす僕と妻。コッテージの隣りの部屋にはもの静かな親子が泊まっており、車椅子の息子をいつも母親は・・・」と途中まで書いたところで、物語が謎めいているため、プロットを説明することが無意味に思えてきた。太った元スチュワーデスの女、東京へ帰る前夜に寝息を立てずに眠る妻、真夜中にヤシの実の殻や熱帯植物の葉をハンティング・ナイフで切る僕、何から何まですべてが暗喩のようだ。
読書中、物語に酔ったのか軽い眩暈を覚えた。どこまでが現実なのか、それともすべてが架空なのか。酔っていて深読みはできないが、「システムの過剰さを補完し、無(リアン)を創り出す」のあたりに、この短編のコアがありそうだ。システムが進化すればする程、一方で必要な空白や静寂が失われていく。それは深刻な問題で支払うべき代償は大きい。クリシュナムルティ的な「空虚」の必要性がテーマにも思えるし、あるいは沖縄の米軍基地の問題を扱っているのか。それとも・・・。謎解きはあまり得意ではないので、滑らかでロマンチックな読後の余韻をほろ酔い気分で愉しもうと思う。

回転木馬のデッド・ヒート

めくらやなぎと眠る女

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