草野球を観ていて思ったこと。

草野球を観ていて思ったこと。

図書館へ行った帰り、公営のグラウンドで草野球の試合を30分ほど観戦した。両チームとも本気度はかなり高い。ピッチャーの球はなかなか速いし、内野ゴロも軽快にさばく。平日は企業に勤めるビジネスマンなのだろうが、遊びを超えた緊張感が漂っている。

私はオレンジジュースを飲みながら試合を眺めていたのだが、次の光景を観て、違和感に襲われた。

何を観たのかというと…

ピッチャーが投げた真ん中低めの速球に、主審はボールの判定を下した。一瞬驚いたピッチャーは、首を傾げながらニヒルに笑ったのだ。「今のがボール、厳しいっすね」という表情だ。

よく目にする何でもないシーンなのだが、私は違和感を覚えた。

もう一つ、チャンスの場面でバッターがワンバンするような低めのカーブを引っ掛けた。でも、ボールは切れてファールに。その時、バッターが「打ち損じたわ」と照れるような表情を浮かべたのだ。

これもよく見るシーンだが、私はまた違和感を覚えた。

これらの違和感の正体について、私は考えた。

そして、わかった。

彼らは自己陶酔している。マウンドやバッターボックスに立つ自分に酔い、プロ野球選手気取りの表情を無意識に浮かべていたのだ。

生活も名誉もすべて賭けて野球に挑むプロ選手と同じ表情を、草野球好きの中年が浮かべている。そこに違和感を覚えたのだ。

もしメタ認知ができていたら、あの表情を浮かべることはないだろう。嫌味を言うつもりはないが、客観的な視点を持たない人の方が趣味に没頭できるのかもしれない。(充分に嫌味か)

 

以前、会社勤めをしていた時、社内の野球大会があった。そこで、たまたま私はファインプレーをした。すると、課長がかけ寄ってきて、「すぐチームに入って欲しい」と懇願してきた。

間髪入れず首を振ると、「えっ、なんで?野球は嫌い?」と訊いてきた。「好きですけど、草野球をやる理由がないので」とまだ若かった私は無下に断った。もちろん、相手はキョトンとしていた。

理由がなくても楽しければいいじゃないか、と思うかもしれないが、目的がないことをするのは私にとっては楽しくないのだ。

なんだか、ひねくれ草野球観戦記になってしまった。自分でも自分のことをめんどくさい奴だと思う。でも、少しだけ気持ちがわかる、という人もいるのではないだろうか。(いると言っておくれ)

おそらく、今回の記事はだれの共感も得られないだろうな。。。