ヘミングウェイ 名言(原文に忠実に再翻訳しました)

今、何を読むか。

今、何を読むか。

前回の記事からかなり間隔が空いてしまった。その間に世の中は一変した。

グーグルアナリティクスを見てみると、記事の更新が滞ったことでページビューが半減したが、ここに来て少し伸びてきている。自宅に篭って過ごす中で、小説を手に取る人が増えたためだろうか。

私個人の話をさせてもらうと、2、3月に受注した仕事が収束し、新規の仕事はほとんどないため落ち着いた毎日を過ごしている。(落ち込んだ毎日?) 遠方への取材案件などは確かめるまでもなく消滅した。私はフリーランスなのでまだいいのかもしれない。店や会社を構えている人たちは、不安で眠れぬ夜を過ごしていると思う。

読書は割としている。安岡章太郎、山本周五郎、J.G.バラード、ポール・セロー、チェーホフ…、と脈略なく読んでいる。

何を読んでも、正直なところテンションは上がらない。どの小説も今のこの現実に負けてしまうのだ。

でも、一冊だけ例外があった。

昨日、レイモンド・チャンドラーの「湖中の女」を2章まで読み直しのだが、完璧な出来だと改めて感じた。この作品のマーロウには感情を制御する思慮がある。大人のハードボイルドなのだ。「長いお別れ」の再読を途中でやめ、「湖中の女」を手にしたのだが、いつ読んでもこちらの方に惹かれる。とても味わい深い。(個人的な感想ね)

あとがきにも書かれているが、第二次世界大戦の戦時下で書かれており、人々には自由がなく、マーロウにロマンスもなく、どこかしら憂鬱さに支配されている。静かで、重い。ウィルスに怯え苦しむ光に乏しい今の世の中と少し重なる。浮かれることなど何もなく、陰鬱さを抱えながら、どうにか今日を生きる。そうした空気だからこそ、深いところから湧いてくる力を感じたりもする。こんな観念的な表現では伝わらないかもしれないが。。。

膨大な情報が詰まった「レイモンド・チャンドラーの生涯」を書いたフランク・マクシェインは「湖中の女」をチャンドラーの最高傑作と評価していた。(まったく同感だ)

チャンドラーは「湖中の女」を書いた時、精神状態が良くなかったと言われている。理不尽な政治や無情な世の中に枯渇し、孤独に追い込まれていたのだろうか。でも、そうやって苦しい中で踏ん張っていたから、良い仕事ができたのではないかと思ったりもする。少なくとも、先が見えぬコロナ不安の中で、私にはこの中編がとてもしっくりきた。