「もし忘れたら」 トルーマン・カポーティ

「もし忘れたら」 トルーマン・カポーティ

本当に心をつかむのが上手い作家だと思う。はじめの一文から、ナチュラルに物語の中へと誘ってくれる。読者に理解への負荷を掛けない。読み返す必要はなく、モヤモヤさせられることもない。

「もし忘れたら」(原題:If I Forget You)は、格好いい男の子を想う16才の女の子の恋心を描いている。(カポーティの小説の主人公は女性が多い)

その女の子はそばかすだらけのちんちくりんでありながら、学年末のダンスパーティで格好いい男の子からパートナーに選ばれる。そのせいで周囲の妬みをかい、陰口を叩かれるようになる。その彼が突然、ニューオリンズの叔母の家に引っ越すことになった。別れを前にした月の明るい夜、会いに来ると約束したのに彼は来ない。冷たい風が梢を吹き抜けてくる中、彼の家へと一人歩き出す。

このような話に中高年男性が引き込まれてしまうのだから、もう才能があるとしか言えない。しかも、この短編はカポーティが10代の頃に書いた作品だという。アルコールやドラッグ漬けになる前の瑞々しさがあり、ああ若き天才と感心するばかりだ。

村上春樹は、カポーティは息をするのと同じようにマテリアルを吸い込み、物語を吐き出すとあとがきに書いている。小説を書くことは、呼吸と同じように自然で欠かせない行為なのだと。

「もし忘れたら」の読後に他の作家の短編も読もうとしたが、読みにくくてやめてしまった。頑張ったが無理だった。他の作家を読めなくさせてしまう、カポーティはそれほどパーフェクトなのだ。

全作家の中で、この人がトップかもしもれない。

ここから世界が始まる: トルーマン・カポーティ初期短篇集