ヘミングウェイ 名言(原文に忠実に再翻訳しました)

「一人ならじ」 山本周五郎

「一人ならじ」 山本周五郎

「いい短編だねぇ」と呟きたくなる凛と背骨の通った名篇だ。私のブログを読んでくださっている方の多くは、山本周五郎という作家にまるで関心がないかと思う。決めつけは良くないが、ヘミングウェイやサリンジャーと、日本の時代小説ではどう見ても水が違う。趣味に一貫性がないと映るだろう。

誤解を招く表現かもしれないが、周五郎作品は「水戸黄門」や「遠山の金さん」といった時代劇とはまったく別ジャンルで、私の中では「ローグ・ワン」に近い。(ちょっと無理があるけど、、、) 何が言いたいのかというと、だれも見てなくも、たとえ茨の道が待っていようとも信念を貫く。そうした名もなき戦士たちを乾いたタッチで描く作家、それが山本周五郎なのだ。

文章がグダグダしてきた。酔っているわけではないが、メニエール病のめまいを抑える薬のせいかな。。。(←言い訳)

ジェネリック!!(自分に喝を入れてみた)

 

 

ちなみに黒澤明は大の周五郎ファン。「椿三十郎」「赤ひげ」「どですかでん」の3作品を映画化している。

 

 

「一人ならじ」は、甲斐(現在の山梨)の武田晴信の家来で、決して泣きごとを口にしない目立たぬ男が主人公。戦の中で、自分の脚を犠牲にしてまで自軍に貢献するものの、武士の心得なき者と逆に批判を浴びてしまう。片脚を失ったことでもはや戦の役には立たず、縁談もも破棄され…、というせつない話だ。

でも、作品のトーンはけっして暗くないし、ジメッとしたところもないし、小ざっぱりした良質さが実に心地好い。雑な締め方で申し訳ないが、この味わいを説明するのは難しいので先入観を捨てて一度味わってみてほしい。