「ひそかなたのしみ」 星新一

中学1年の頃に読みまくっていた星新一のショートショートを久々に手に取ってみた。子供向けのほのぼのしたイメージが自分の中にあったので、全編を覆うブラックユーモアに少し驚かされた。他の作品も読むうちに、これは子どもの向けの小説ではない、という思いが確信に変わっていった。雰囲気的には「笑ゥせぇるすまん」に近い印象で、大人の狡さや愚かさといった負の顔を暴き出すようなシニカルさがある。

「ひそかなたのしみ」 は、妻へ怒りに触れぬよう、会社からまっすぐ家へ帰る男の話だ。しかし、男の心中は解放されたいという欲求でいっぱいだ。かわいい女性が接客してくれるバーへ行くため、妻が飲むミルクに「楽しい夢を見られる睡眠薬」を投げ入れる。妻が眠りに落ちると男はすぐに着替え、いそいそと夜の街へ出かけていくのだ。妻にバレぬよう細心の注意を払いながら、ひそかなたのしみを続ける。しかし、ある日、そのバーが消えてしまう…

続きが気になるでしょ。(でも、これ以上はネタバレになるので自粛)

ショートショートの神様と呼ばれるだけあって、プロットがとにかく面白い。現にあらすじだけでも充分に魅力が伝わってくる。

はじめにも書いたが、これは子供向きの小説ではないと思う。どうして、中学生の間で流行っていたのだろう。評伝によると、子供向け作家として見られることへの不満や家族との確執など、イメージと違って、いろいろな苦悩を抱えていたようだ。はじめは安部公房がライバル視していたくらいの存在だったが、売れるほどに文学的な評価は下がっていった。作家として、複雑な思いを抱えながら生きていたことだろう。人柄については、育ちの良い紳士という評判もある一方、プライベートでは周囲が驚くほどの毒舌や奇行を連発していたというから人は見かけによらない。

「星新一の真価がわかったのは30歳になってから」と言ったのは筒井康隆だが、今回読んでみて確かに著者の作品は「大人のひそかなたのしみ」と感じた。正直なところ、それほど期待はしていなかったのだが、とても収穫の大きな再読となった。

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