ジムに通い続けている話

ジムに通い続けている話

タイトル通り、ジムに通っている。「ジムに通い始めた話」をアップしたのが5月24日なので2ヶ月は続けたことになる。締め切りに追われたり、泊まりの取材などで行けないことも多いが、だいたい週2ペースを維持している。まだ大して筋肉はついていないが、胴まわりなど少しは締まってきた気がする。

はじめの数十分は筋トレ、その後にランニングマシンで5キロ走り、自転車に30分くらい乗る。トータル2時間のメニューだ。

体を鍛えることは楽しいか?と訊かれたら、正直それほどではない。単調な繰り返しを退屈と感じることもある。じゃあ、何故わざわざ辛いことをするのか?

メタボ対策とか、健康診断の数値が悪かったから、といった健康上の理由からではない。(それも少しはあるけれど) もちろん、ナルシスト的にマッチョになりたいわけでもない。

他の人に当てはまるかわからないが、トレーニングは自己制裁みたいなところがある。鈍った体をいじめて、怠惰な自分に罰を与える。そこにある種の快感がある。(おかしなこと言ってます?)

脂っこい食事が好きで、毎晩アルコールを採り、運動せずにネットばかり見ている。そうした欲に負けっぱなしのだらしない自分をこらしてめているのだ。

私はアルコールもほぼ断っている。元々嫌いではないが、体が重くなり、怠惰になるのが嫌でやめてしまった。ここ数年は、週に缶ビール1本も飲まない。

話は変わるが、山本太郎の街頭演説を間近に見たことがある。第一印象として、フィジカルの強さを感じた。肉体が強靭だから、全身からエネルギーを放出でき、声もフラつかない。

先週、東北へ取材に行った際、駅前で某党首の演説を聞いたが、どこか非力で響くものがなかった。演説の中身ではなく、大前提としてパワーを感じなかった。その党首は体を鍛えていない。多くの政治家にも言えるが、腹がポコッと出て、足が細くて、顔が浮腫んでいる。きっと、いろいろなことを面倒くさがって生活しているのだろう。政策云々以前に、そうしたことが私は気になってしまう。

山本太郎は体が強いから、多くを吸収する気力が湧いてくるだろうし、長丁場を闘うスタミナもあるだろう。基本的に、鍛えている人は、何事にも怠惰でない気がする。キレやすかったり、ギャンブルや酒や薬物に依存したり、トラブルを起こやすい人って、大抵は鍛えていないでしょ?体力がないから、いざという時に踏ん張りがきかないのだ。

面倒くさがりやダラシない人にならないよう、自分を苛めつづけようと思う。