ジミー・ファロンの炎上について

ジミー・ファロンの炎上について

ひと頃、よくジミー・ファロンの番組を観ていた。日本では馴染みがないかもしれないが、NBCの「ザ・トゥナイト・ショー」というトーク番組の司会者である。今はコルベア(レターマンの後釜に座った人ね)の方が社会性があって、トランプへの毒などもあって数字を持っているかもしれないが、ファロンも明るい善人キャラで愛されている。トランプの髪の毛をクシャクシャにして炎上した人といえばピンとくる方も多いかと思う。(ピンとこないか)

さっきから、何の話をしているかわからないって?

アメリカで、夜11時半頃から毎日放送しているトークショーの司会者の話である。このブログはアメリカやカナダに暮らしている方も読んで下っているようなので、私が知ったかぶって説明したくないが、このファロン氏が20年前のことで非難を浴びている。

フロイドさんが白人警官に殺された事件は日本で大きく報道されているが、このところの人種差別パンデミックも重なって、昔のモノマネが「許せない行為」として非難の的になっているのだ。

何をしたかというと、「サタデー・ナイト・ライブ」という番組で、顔を黒塗りしてクリス・ロックのモノマネをしていた。

今更それを言う?とも思うが、#jimmyfallonisoverparty(ジミー・ファロンは終わった)というハッシュタグがトレンド入りし、謝罪を求める抗議の声が巻き起こったのだ。こういう現象を見ると、日本とあまり変わらないと思ったりする。反駁しようのない正論による袋叩き。社会から悪を根絶するための行為ともとれるが、私には正義中毒患者の暴走に思えてしまった。

激しさを増す批判や誹謗中傷の嵐に対し、ジミー・ファロンの取り巻きは「ダンマリを決め込め」的なアドバイスをしていたようだ。そりゃそうだ、SNSでの炎上でもそうだが、無視するに越したことはない。アンチと同じリングに上がることを、分別ある大人であれば避けるだろう。

でも、ファロンは周囲の声に逆らい、番組内で思いを語ることを選んだ。「沈黙は最大の犯罪」と考えたようだ。(デリケートな性格で、黙っていることに耐えられなかったのあるかもしれない) 誹謗中傷に反論するのはリスキーだ。一つ間違えれば火に油を注ぐことになる。いや、大抵はそうなってしまう。

 

 

いつもと違う神妙な表情で、ファロンは謝罪している。繊細で、謙虚で、誠実で、やさしい。不謹慎かもしれないが、私はとても癒された。

全米黒人地位向上協会のジョンソン代表は、「我々は誰もが欠陥を持って生まれてきます。でも、そうした欠陥は、完璧への道のりの一部なのです。もし、間違いを犯したことがないという人がいたら逃げた方が良いでしょう。その人は明らかな嘘つきですから」と応えている。

連日、アメリカ国内の暴動、デモに関する報道をネットで観ている。卑劣な奴らがいる。でも、それに立ち向かう連中もいる。ただ暴力的で破壊的な奴らがいる。一方で命を賭けて平和的に抗議する連中もいる。個が力強い国だと改めて思う。コロナ対策、大統領選、どちらも希望に乏しい状況に思えるが、それでもしばらくはアメリカから目が離せそうもない。