「象の消滅」 村上春樹

老いた象が飼育係と共に動物園から消えてしまう、という著者らしい謎めいた短編だ。私は村上春樹作品に詳しくないが、誰かが忽然と姿を消すという話はこれまでに何篇か読んだ気がする。失踪は想像力を掻き立てるので、読者の関心を惹きつけやすく、書き手にとっても良いペースで筆が走るのかもしれない。

80年代、ロマン・ポランスキーが監督した「フランティック」という映画があった。パリが舞台で、夫(ハリソン・フォード)がシャワーを浴びている最中に、妻がホテルの部屋から消えてしまうというシンプルな設定なのだが、これが理屈抜きに面白い。「何があった?」「どこへ行った?」という謎だけでグイグイと話を牽引していくのだ。この映画、オープニングがすごくムーディで、観はじめて1分で心を奪われてしまった覚えがある。

ニュースや報道でも、失踪事件は大きく取り上げられることが多い。消息不明である限り、人々は興味を抱き続ける。何らかの事件に巻き込まれたのだ、いや身内の人間が怪しい、でもやっぱり事故かもしれない・・・、といった調子で皆が刑事気分で推理に心を奪われる。この短編でも、「象の不可解な失踪」が読者の関心を喚起し、物語を引っ張っている。

どこかで不謹慎と思いつつ、謎にそそられ、答えを求めつづける。これは人間の本能なのかなと思ったりもする。

この短編では、村上春樹作品らしく「便宜性」とか「統一性」とか気になる難しめのワードがちょいちょい出てきて、象の消滅が何らかのメタファーであることを匂わせてくる。
これは企業の形式的な御都合主義に対する批判なのだろうか?それともバブル経済崩壊の比喩なのか?といった感じで多くの人が解釈に夢中になる。

たくさんの人の熱いレビューを読んだが、そうした議論には絶対に参加したくないと思ってしまった。(出ました、協調性のない天邪鬼な性格) ブログのタイトルに「解題」と付けているくせに「謎解き」を否定するのか、と言われそうだが、そういう気にならないのだから仕方ない。学校の体育祭とか会社の新年会とか、そういうの気が重いでしょ。それと少し似た感覚だ。(全然意味がわからない?わかる人もいますよね?)

まあ、とにかく謎解きには興味が持てない。象が何のメタファーか気づいたところで、衝撃や感動があるわけではないだろう。大事なのは、心に刺さった、元気が湧いてきた、何かわからないが心が疼くといった理屈を超えた感覚だと思う。

誤解がないように言っておくと、謎解きが好きでないだけで、この短編はとても面白いと思う。秋の雨の日に、潤いのある読書の時間を愉しめた。

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