「夏の終わり」 アリステア・マクラウド

「夏の終わり」 アリステア・マクラウド

まずは正直な感想を書こうと思う。できれば、最後まで読んでほしい。

読書中、特に気分が高揚することはなかった。何事も性急に結果を求めるせっかちな自分は、著者マクラウドの辛抱強さに、恥ずかしながらじりじりしてしまった。情景描写が長いため、どうしても展開を待ちきれなくなってしまう。こつこつと紡いでいくこの気の長さ、今の自分とは波長が合わないかもと思ってしまった。これはマクラウドのせいではない、おそらく私の性格の問題だろう。

と自分を咎めつつ読了。

不思議なことに、読後にずしっと重いものが胸に残った。じりじりしていた割に、得るものはあった気がしている。良薬口に苦し、ということか。。。

この短編は独白の形式をとっている。死と隣り合わせで生きてきた炭鉱夫が、夏の休暇の終わりに、悲哀に満ちた心情を吐露するという話だ。特に物語と呼ぶような展開はない。暗く、切なく、重く、渋い。淡々と情景描写と心情の吐露が続く。

マクラウドらしく、世代間や夫婦間で共有されない価値観を綴った、ある種のエレジーのような短編だ。ベースには故郷で失われつつあるものへの強い愛がある。

先日、NHKで「100分deナショナリズム」という特番が放送されていたが、とても興味深い内容だった。パトリオティズム(ここでは愛郷心と訳すことにする)は、今の私にはとても気になるテーマだ。

私事だが、年末、町会の人たちと一緒に「火の用心」の夜回りに参加した。集団が苦手なのによく行ったなと我ながら思うが、妻に「行ってきて」と言われ、重い腰を上げて参加したという経緯である。行ってみたら楽しかった、とまでは言えないが、参加して良かったとは思っている。いろいろ考えるきっかけにもなった。

生まれ育った土地、暮らしている土地について皆さんはどう考えているだろうか?

「土地に縛られたくない。何処に居ても私は私。自由に、グローバルに、境界線を越えて好きな場所で生きていく」と考える人もいるだろう。私もそういう気持ちでこれまで生きてきた。でも、今それを疑っている自分もいる。少なくとも自分なりに検証が必要ではないかと。

土地に縛られず生きることは幸せなことだろうか?どうかな?どうだろう?(←誰だよ)

定住しない生活はある意味でロマンチックだが、経済的にも体力的にも負担は大きい。仕事を持ち、結婚し、子供ができれば、デメリットも増してくる。加えて、日本という国は弱くなりつつある。経済の成長率や中年の自殺率などの調査データを見る限り、他の先進国と比べてもその傾向は顕著に思える。近い将来、国に頼ることが現実的でなくなったとしたら、地域社会が持つ意味は変わってくるのではないだろうか。

マクラウドを読むことは、地域社会について考えるきっかけになる。終生、世界中を移動しつづけたヘミングウェイを、そうした観点から読むこともできるだろう。

もちろん、考え方は人それぞれだ。大事なのは、地域のコミュニティとの関わりに自分なりの意見を持つことではないだろうか。白でも黒でも、右でも左でも、悩ましいでもいいと思う。何も言葉を持たないよりずっといい。自分の頭で考えることが、大きな一歩だと思う。(マイクを握って演説している気分になってきた)

愛郷心と地域社会へのコミットの話がごっちゃになった感もあるが、正月ボケということで許してほしい。ちょっと歩きたくなってきたので、今日はここまで。

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