「密告」 アーネスト・ヘミングウェイ

「密告」 アーネスト・ヘミングウェイ

名篇「蝶々と戦車」(どうしても「町長と洗車」と変換されてしまう)とあわせて読みたいセンチメンタルな短編だ。どちらの作品も、スペイン内戦下、マドリードの酒場チコーテを舞台にしている。

「密告」は、通算8ヶ月滞在して内戦を体感したヘミングウェイが、1938〜39年頃に書いた作品。

ヘミングウェイがコミットしていた共和国側の酒場であるチコーテで、ファシスト側につく男がジン・トニックを飲みながら談笑している。ウエイターは、密告すべきか迷っている。このファシストの男は、「私」(ヘミングウェイ)のかつての友であり、今でこそ立場は違うが個人的に憎しみがあるわけではない。

戦時には、敵側の酒場にふらっと立ち寄るなど許されない。誰かが密告すれば、スパイとして捕まり、銃殺される。つまり、「今、ファシスト側の人間が店に来ていますよ」といった通報の電話をすることは処刑を意味する。

「私」(ヘミングウェイ)は、「俺には関係ない」と密告に関わるまいと努めるが、保安本部諜報部の電話番号をウエイターに教えてしまう。「密告」 という短編では、大義と個人的感情に葛藤する複雑な心理が描かれている。

読後に残るこの余韻。やはりヘミングウェイは腕のいい短編職人だと改めて感じた。このところ長編の感想ばかり書いていたが、やはり私は短編小説が好きだ。とくにヘミングウェイの良質な短編の魅力には抗えそうもない。

ふと、短編小説に関するジェイムズ・エルロイの言葉を思い出した。

「簡潔。正確。本質を抽出しろ、さもなければ、読者の嘲笑に晒されろ。物語で刺せ、啓示でたたけ、プロットで破滅させろ。言語で衰弱することはできない。対話でおろおろすることはできない。無駄な牧歌を大目に見ることはできない。」

そうそう、無駄な牧歌を大目に見ることはできないよね。