「十字路の憂鬱」 アーネスト・ヘミングウェイ

もし、作者を知らされずにこの短編を読んだとしたら、すぐにヘミングウェイの作品だと気づけると思う。マッチョな思想の押し付けがなく、ただ淡々と、報道からは伝わってこない戦場のリアルな虚ろさがそこには描かれている。

そのタイトル通り、光のない憂鬱な話だ。第二次世界大戦で、ドイツ兵たちを待ち伏せ作戦で容赦なく次々と殺していく連合国の部隊。作戦は見事に成功する。でも、そこには勝利の歓喜も充足感もない。激しい敵意もなければ、漲るような正義感もない。

ヘミングウェイの人生は、戦争を追いつづけた人生と言うことができる。第一次世界大戦、スペイン内戦、第二次世界大戦。訳者の高見浩氏もあとがきに書いているが、嫌というほど残虐な死を目の当たりにしてきた作家が行き着いた諦念がこの短編には滲み出ている。

理不尽な殺し合いに高ぶる気持ちや絶望、そういった情動ではなく、希望を捨ててしまった人間の心の静けさがトーンとして作品を支配している。ドイツ軍の装甲車にバズーカ砲を撃ち込むような激しい戦況の真っ只中でさえ、抑揚がなくどこか虚ろだ。

私は読書中、ずっとある種の「危うい感じ」を味わいつづけた。そして、読後には重い不安と疲れに襲われた。「危うい感じ」とは何か? 専門的な知識がないので当たっていないかも知れないが、私には主人公が鬱病患者(あるいは予備軍)に思えたのだ。部隊を率いて立派に指揮を執っているのだから鬱病ではないのだろうが、感受性の劣化ぶりからそう感じたのである。読書中、鬱への同化に危うさを覚えた。ひどい表現になるが、まったく元気をくれない小説だと思う。

この「十字路の憂鬱」は、ヘミングウェイの死後に発表された短編だ。憶測だが、著者本人としては、生気を放たないこの虚ろな作品を世に出したくなかったのではないだろうか。著者の第二次大戦ものはとても珍しいので、研究材料としては価値があるのだろう。でも、生前未発表なのだから、この短編でヘミングウェイを批判するのはフェアじゃない気がする。希望のない短編だが、これを書いたヘミングウェイは悪くない。私個人の感想としては、そういうところだ。なんだか、グダグダしてきたのでバシッと決めて締めよう。

ずばり、この短編は面白いのか?

それなりのクオリティは感じるけど、特に面白いということはない。ちょっと長いし。

ずばり、この小説が好きか?

感じるものが無くは無いけど、好きとは言えない。

全然、ずばりの答えになってないけど、グダグダが止まりそうもないので今日はここまで。

蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす―ヘミングウェイ全短編〈3〉 (新潮文庫)

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