「贈り物のカナリア」 アーネスト・ヘミングウェイ

「贈り物のカナリア」 アーネスト・ヘミングウェイ

自分にとっては、再読の度に味わいが増す魅力的な短編だ。舞台はヨーロッパ。特急列車の同じ客室に乗り合わせた若い夫婦と婦人。三人ともアメリカ人だ。婦人は「夫にするならアメリカン人男性が最高」と信じており、娘をスイス人の恋人と強引に別れさせたと話す。汽車の中での三人の会話が中心で、特に話に展開はない。「まったく面白くない」という感想を持った方もいるかと思う。

「贈り物のカナリア」(原題:A Canary for One)には、パレルモ、アヴィニョン、ヴヴェーなどいくつもの都市名が出てくる。それぞれ都市の風景をイメージできると、とてもロマンチックな読書に変わる。別離を前にした夫婦の様子も、美しい風景との対比により、一層哀感をそそるものとなる。

ということで、頭から順を追って見ていこう。

汽車で知り合ったアメリカ人の婦人が、娘へのおみやげのカナリアを買った町、イタリアのパレルモ。中世シチリア王国の古都で、国際色豊かなシチリア島最大の都だ。

 

列車はマルセイユの町へ入っていく。陽光きらめく地中海を臨むフランス最大の港湾都市であり、フランス最古の都市でもある。

 

マルセイユ駅を出発し、日がとっぷり昏れた頃に汽車はアヴィニョンに到着する。アヴィニョンはフランス南東部のローヌ川沿いに位置するプロヴァンスの中心にある都で、中世に教皇庁が置かれていたため数多くの史跡が残されている。

 

婦人は、娘がヴヴェーの男性と恋に落ち、燃え上がってしまったと話す。娘が外国人と一緒になることを許せず、ヨーロッパから出ることで引き離したという。ヴヴェーは、スイス西部のレマン湖畔に位置しており、19世紀に世界の貴族や芸術家に愛されるリゾート地として発展した。葡萄畑に囲まれた風光明媚な土地である。

 

婦人の長広舌を聞いているうちに、汽車はいつのまにパリ市内へ入っていた。しばらくしてリオン駅に到着し、薄暗い構内で停車した。リオンは、フランス第二の都市でローヌ川とソーヌ川の合流点に位置している。円形のローマ劇場や中世の建造物など悠久の歴史を感じさせる町だ。1847年にフランソワ・アレクシ・サンドリエ氏が設計したリヨン駅は、当時の雰囲気を今に残している。

 

以上、「贈り物のカナリア」ツアーを満喫いただけたろうか。拙いガイドをお許しいただきたい。

この短編が書かれたのは1926年9月である。ヘミングウェイと最初の妻ハドリーはこの一ヶ月前、別居するためにコートダジュールに連なるイタリア有数の観光地リヴィエラから汽車でパリへと戻っている。

リヴィエラの写真も一応。

「とにかく、夫にして最高なのは、アメリカ人の男性だわ」という婦人の言葉が、とても虚しく響く。訳者の高見浩氏もあとがきに書いているように、痛烈なアイロニーがそこにある。

優美な景色と別離を選んだカップル。このコントラストがなんとも印象的な一篇だ。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)