「停電の夜に」 ジュンパ・ラヒリ

重い話ではあるのだが、綺麗にまとめられている。主人公である夫には、レイモンド・カーヴァー作品に通じる陰鬱さや倦怠を感じたが、基本的にロマンチックなムードでカーヴァーのような粘性はない。ジュンパ・ラヒリのファッショナブルな容姿もあってか、洗練された大人のドラマといった印象を受けた。

ストーリーは暗い。

全5日間、毎夜8時から9時まで停電になるという通知が電力会社から届いた。妻の提案で、その1時間に互いの隠し事を打ち明け合うことにした夫婦。二人の関係は死産によって以前とは別のものに変質し、冷たい溝ができてしまっている。夜ごと秘密を打ち明け合う二人の心の中で、少しづつ何かが変わりはじめる。停電の夜を境に、夫婦の危機を乗り越えられるのだろうか。そして、連夜の停電が終わる。妻は照明の灯りの下、「顔を見ていてほしいのよ。ちょっと話があるから」と穏やかに夫に言う。心拍の高まる夫に、妻は一つの決断を告げる。

トーン&マナーは、全体を通して静かで大人しい。読後感も、切ない、ほろ苦いといったアンニュイな感じだ。もっとホラー的な演出などを加えたりもできたろうが、そのあたりの匙加減は大人だ。デビュー作であるのに肩に力が入っておらず、落ち着きを感じさせる。新人賞を総なめにするだけの確かさがあるのだと思う。

「停電の夜に」の原題はA Temporary Matterで、「つかの間のこと」という示唆的なものだ。秘密を打ち明け合うひと時だけ二人に温度が戻るものの、それは非日常に過ぎないことを暗に伝える悲しいタイトルだ。「停電の夜にロウソクを灯して語り合う・・・」的な洒落たイメージが強くなったことは、純文学の作家としては不本意だったかもしれない。

しかし、停電の夜に夫婦で秘密を打ち明け合うなど、なかなかできるものではないと思う。ちょっと甘味が強いというか、その発想にはロマンチックを通り越してややキツイものがある。この短編をもし男性の作家が書いていたとしたら、素直に受け入れるのは難しかったと思う。ブラックコーヒー好きの中高年男性としては、美味しいことは美味しいのだけれど、ミルクと砂糖を抜いてもらった方が好みに合うというか・・・

停電の夜に (新潮文庫)

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